第7話 魔法
魔法とは、魔王の影響により使えるようになったものであると一般的には考えられている。というのも、魔法の存在が確認できた時期と魔王の存在が確認できた時期があまりにも近かったからである。それ故に、昔は魔法は邪悪なものだと考えられ使用することはおろか、存在そのものを忌避する者が多数だったという。
しかしながらそれは特定の人物だけが使えるものではなく誰でも使おうとすれば程度の差はあれ使えること、そしてそれ故に便利なものであることが分かると、魔法が悪いものだという考えは時間をかけつつも次第に薄まっていった。
今でもそのような一派は存在するらしいが、表立って問題になることは稀である。それほどまでに身近な存在となっているのだ。
基本的に誰でも使えると考えられている魔法だが、「どう実現するのか」という結果をしっかりと思い浮かべられなければ発動はしない。つまり基本的には集中力と時間が必要なものであり、なんでもかんでも魔法に頼るのはかえって効率が悪いものだというのが一般論である。
だがそんな中、想像しなくても集中しなくても予め定めておいた短い音や身振りだけで魔法を発動できる者がいる。───魔術師、と呼ばれる者たちである。
結論からいうと、マリーアンは確かに素晴らしい魔術師だった。ランタンなどなくとも小さく指を振るだけで辺りを照らす光球を生み出し、魔獣が現れても一言呟くだけで数多もの炎が魔獣へと襲いかかっていったのだから。
そもそもあの花畑だって雰囲気を演出するための幻影だったのだというのだから驚きだ。本人が眠っているのに存続する魔法だなんてそんなものは今までに見たことがなかったし、話で読んだことすらなかった。
「すごいっすね……」
もうこの人一人でいいんじゃないだろうか。そんな気持ちになってもおかしくはないだろう。マリーアンを起こしたときのあれこれの時間と同じくらいの時間で、もう帰り道半分ぐらいにまで辿り着いている。マリーアンが強すぎる……これはシャオがなんの役にも立っていないという説明にもなるのだが。勇者の意義とは。
「当然でしょ」
何を今更、とでも言いたげな顔でマリーアンが言葉を返す。フォローのかけらもない。
「私を誰だと思ってるの」
「伝説の魔術師ですよね」
「そこは『赤の魔術師』の方が好きだけど、そうね」
どうやらこだわりがあるようだ。確かに彼女は髪も目も、身につけているものも上から下まで全てが赤い。
「その私がすごくない訳がないじゃない」
自画自賛がすぎる言葉だが、それは確かな説得力がある。だがしかしながら、そんな彼女がいてどうして今まで魔王を倒せなかったのか。
「……。魔王って、そんなに強いんですか……?」
嫌な結論に思い至ってシャオは恐る恐るマリーアンに問いかけた。だってつまりはそういうことになるんじゃないだろうか。確かに今の今まで倒せなかったのだから、そりゃあそうなのだろうけれど、そんなのを相手に戦わなければいけないだなんて、改めて考えてやっぱり嫌だという気持ちが強くなる。魔の王ってぐらいだから分かっていたつもりではあったけれど、それでも何かの間違いではないだろうか、全てがなにかの間違いだったりしないだろうか。
諦めが悪い気持ちで、そんなことを考える。
「そりゃ強いわよ。魔王なんだし」
当たり前のように返ってきた言葉には、さっきよりも呆れた色が強い。それはそうだろう。強くなければシャオが今こんな状態に陥ってるはずもないのだ。
「マリーアンさんよりもずっと……?」
「呼び捨てでいいわよ。あんた勇者でしょ? それよりも」
マリーアンがシャオの頭をぺしぺしと叩く。それが勇者に対する態度として適当なものかどうかは、定かではない。
「魔法が通じない、ってことの方が問題なのよね」
「通じない?!」
「そ。全く。これっぽっちも駄目」
それは全く予想外の返答だった。だって毎回勇者に同行していたとシークレーは言っていたではないか。なのに魔法が効かないだなんて、そんな話があるだろうか?
それにそうだとするならば、
「え、じゃあ魔法が魔王の力だってのは本当だったんですか」
それはなんとなく言われていたことだ。うわさ話と言えば他愛ないものだが、昔は───大昔は偏見がすごかったんだと言っていた年寄りは何人もいた。つまりそれはうわさ話なんかではなくて事実だった、ということなんだろうか?
「本当かどうかは確かじゃないわ。魔王が死んで使えなくなったらそうなんでしょうけど」
ひらひらと手を振ってマリーアンは簡潔に否定する。
「でも、魔法での攻撃も影響も受けないのは本当───というか、これは体験談」
あの時だってこの時だって、と指折り数えながらマリーアンが言う。なるほど戦うたびにあの手この手と試してきたのだろう。……そしてそれらは全て上手くいかなかったのだ、と。
「だから、あんたが強くなってくれないとしょうがないのよね」
「えっ」
急に水を向けられてシャオの声が無駄に高くなる。そんなシャオを見て、マリーアンはいよいよ呆れ満面といった様子になっていた。
「だってそうでしょう? 周りの奴らはどうにでもできるけど、魔王に対しては魔法の攻撃も弱化も幻惑も効かない以上、勇者に剣でどうにかしてもらう以外に他はないじゃない」
言われてみれば確かにそうだ。そして三代目の勇者が魔王を倒し切れなかった理由もなんとなく分かった気がした。剣も魔法もバランス良く使えたからこそ詰めきれず、トドメを刺しきれなかったのでは……?
「申し訳ないんだけど、私は強化って苦手なのよね。ちょうど良く強くする、っていうのがイメージしにくくて」
「ちょうど良くないとダメなんですか」
「出力に体がついていけなくて千切れるわよ」
「ちっ?!」
思わず想像してしまってシャオは咄嗟に頭を勢いよく横に振る。怖い話を聞いてしまった。そんなシャオの強張った背中をマリーアンがばんばんと叩く。
「だーかーら。あんたが強くなってくれないとしょうがないの。分かった?」
顔を青くしてる場合じゃないんだから、と背中を叩く強さは期待の表れなんだろうか。さっき散々な言われようだった気がするのだけど、確かに駄目だとは言われてなかったような。
それにしても、本当に勇者でなくてはならない理由があるとは思わなかった。いや強ければ勇者でなくてもいいのだろうけれど、多分無条件で強いのは勇者の血筋であって。
……そろそろいい加減に、腹を括らなければいけない頃合いなのだろうか。
「取り敢えず今のあんたの実力を見たいから、ここから先はあんた一人で戦いなさい」
「えっ」
「見た感じジャナゴやアクジキトぐらいしかいないから、一人でもどうにでもなるでしょ。っていうか、なるから私のところまで来れたんだし問題ないわよね?」
「ええ?!」
にしてもその展開はちょっと急すぎる。心構えもへったくれもない。
帰りは楽ができると思っていたのに、実際にここまではとても楽ができていたというのにどうしてそんな!
「なによ、できないの? それとも、もしかして怖いとか言うの?」
「いっ、言いませんけど!」
「なら、良し」
茶化すような揶揄うような言葉につい乗せられてしまって、慌てて口を手で押さえたけれど、もう遅かった。それでも「ちょっと待って!」と言いたかったのだけど、マリーアンが満足げに笑っていたものだから、それがあんまり美しかったものだったから、待ってと言ったら格好悪いと思ってしまって───その考えそのものが格好悪い気もしたのだけど、それでもどうにも言い出せなくて飲み込んでしまう。
行きがけに戦ったのはジャナゴなのかアクジキトなのか、そんな疑問も解消されることはないままに、来たとき以上に苦労しながら森を抜ける羽目になったのだった。
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