第4話 王様

 王宮に入ってからの展開といえば、そりゃあもう驚くほどにスムーズなものだった。というのも細かい段取りを何一つ聞いていなかったことを今更のように思い出して落ち込んでいるシャオを尻目に、出てくる人誰もが誰もみんな全て分かっているような顔でテキパキと話を進めていったからだった。その展開の早さたるや、シャオが王都に着いてから王宮に辿り着くまでの時間のほうが長かったぐらいである。


「……どーなってるんだ……」


 ここで暫しお待ち下さい、と連れてこられたのは連れてこられたのは立派な扉の前だった。それはついさっきの事だったのだが、場違いのような場所に立った一人で待たされているせいかひどく長く待たされているように思えてきてしまう。

 シャオは王に会ったことがない。だいたい王都に来たことすら初めてなのだ。だからこそあんなにもてんやわんやしたわけであり───というのはどうでもいい。問題なのは、それなのに何故こんなにもトントン拍子に話が進むのか、ということだ。

 会ったことがないということは、向こうだって誰が勇者(仮)なのかなんてことが分からないということだ。お布令を出しているのだから全く知らない誰かが勇者を騙って王に会おうとすることだって考えられるだろう。なのに、どうしてこんなにもスムーズに話が進むのか───


「お待たせいたしました、王がお見えになりました。どうぞお入りください」


 ズズ と重たい音と共に扉が開き、現れた衛兵が一礼してからシャオを促した。考えごとに気を取られていたシャオが顔を上げたときにはもうすっかり扉は開ききっており、中の様子が奥まで見渡せた。キラキラとまばゆい中にたくさんの人がいるのが分かる。


「どうぞ、お入りください」


 再度衛兵が促した声でシャオはハッとなり、ピッと姿勢を正す。こんなところで戸惑っていては田舎者感丸出しだ。いや実際田舎者ではあるのだしつまり違いない事実でもあるのだがそういう意味ではなくてええとつまり。


 ふるる。頭を軽く振ってから足を動かし、扉を潜る。そこは入る前からまばゆい空間だと分かっていた。けれど足を踏み入れてみればそこはまばゆい以上にまぶしい空間だと、分かった。

 中にあるオーナメントは見たことがないものばかりで、それらは様々な色でキラキラと輝いている。広い空間の中に効果的に並べられているようで、まるで一枚の絵のようにも見えた。

 広間の中央にはたくさんの人の姿が見える。手前側には衛兵が数十人、向かい合わせの形で二列に並んでいた。そこをまっすぐ行った先にある大きく立派な椅子に腰掛けているのが王と王妃なのだろう。その後ろにはゆったりとしたローブを着た人が数人いた。あれらは恐らく魔術師たちだ。その中に一人、どれだけ歳月を重ねたのか想像もつかないような顔の老人がいた。えも言われぬ、上手く言えないような違和感がある。それはそんな顔でありながら左右にいた誰よりも背筋が真っ直ぐだったからかもしれない。


 コツン


 王に近い位置にいた衛兵が、手に持っていた槍で床を軽く叩いた。ここまで来なさい、という合図なのだろう。内心ホッとしながらシャオはゆっくりと歩を進める。

 正面にいる王は想像していたより年寄りではなく、むしろ両親に近い年頃のように見える。気難しそうに見えないのはシャオにとってありがたいことだった。隣の王妃も自分の母親とは違い、ずいぶんと優しそうに見える。その右隣にいるのは王子だろうか。雰囲気は王によく似ているように見えるが、その顔つきはもう少し凛々しい。

 そして左隣にいるのは姫、だろうか。やはり王妃と雰囲気はよく似ているがこちらは麗しく長い髪は艷やかで微笑みを浮かべる口元は愛らしく、つまりは、美しかった。思わず口元が強ばる。アホみたいな顔になってなかっただろうか。無理矢理に視線を逸らして床に視線を落とす。果たしてそれは正解だった。先程合図された場所はもう、すぐそこだったのだ。

 立ち止まり、ゆっくりと視線を上げる。姫の方は見ないようにした。流石にこんなところで見惚れるわけにはいかない。やがて王と目が合った。……ここからどうすればいいのだろうか。おとぎ話の中で王とあった人はどうしていただろうか、目を合わせたままシャオは必死になって思い出そうとする。

 そうだ、片膝をついていた気がする。藁にもすがる思いで屈んだのと王が口を開いたのはほぼ同時だった。


「頭を下げる必要はない、勇者シャオよ。勇者と王は対等だ。そうやってかしこまる必要などはないのだよ」


「へ?」


 思わずこぼれてしまった声は自分でもびっくりするくらい間抜けなものだった。目の端で数人の衛兵が笑っているのが見えたけれどそんなことを気にしてる場合ではない。いや気になるけれど!それよりも!王と勇者が対等だなんて聞いていない!!

 脳内大混乱の中、ぼやけた視界の中で王がじっと自分を見つめていたことに気が付き、慌てて立ち上がる。慌てすぎて勢いがつきすぎて、上手く立てずにふらついてしまったら今度は姫がくすくす笑っているのが目に入ってしまって追い打ちを食らってしまった気分になる。言いようもない絶望感。真っ直ぐ立つのも難しいように思えてきてしまう。

 そんなシャオを見て王の目が細められたのは果たして同じようにおかしく思ったからなのか、それとも微笑ましく思ってくれてのことなのか。シャオには知る由はなかったし、そもそも気を配る余裕すらなかった。


「ユゥメはそなたには何も話してなかったと見える───如何にもあやつらしい」


「え」


 二度目は流石にそれほど間が抜けた声にならなかった。目をパチクリとさせて王を見上げる。そうしてやっとシャオは王の表情がとても柔らかであることに気がついた。

 思わず声が漏れたのは驚いたからだ。こんなところで聞くはずもない名前を聞いたからだ。だから反射的に問い返した。


「母さ───母を知ってる、んですか?」


 そう、それは自分の母親の名前だった。それがなんでこんなところで、しかも王の口から出てくるのか!


「勿論だとも。そなたが産まれる前には『魔王復活の兆候は出ていないか』とよく尋ねにやってきたものだ」


「あなたが産まれてからはその報告を最後にこちらにはいらっしゃらなくなっていました。……懐かしいですね」


 なるほど言われてみればそれは道理の話だった。自分が産まれるまでは母親が推定勇者だったのだ、王と面識があったところでなんら不思議でもなんでもない。なんでもない話だが。

 顔を合わせて微笑み合う王と王妃を見て、シャオはどうにも話に取り残されてしまったように思えてしまって上手く反応ができないでいた。分かってないのは自分だけのような錯覚。確かに教えられなかったし聞こうともしなかったのだから当然の結果には違いないのだけど、それにしても、こう。

 どうしていいのか分らずにいると不意に姫と目が合った。目を瞬かせると、ふんわりとした優しい笑みを浮かべて小さく頷く。それがまるで自分を慰めてくれているように見えてシャオの気持ちが一瞬で軽くなった。それどころか多少の高揚感すら覚えている。現金なものであるが、年頃を思えば多少は仕方があるまい。


「さて、勇者シャオよ。まずはそなたにしてもらいたいことがある」


 ゆっくりと話しだした王の言葉は、先程までのものとは違い厳かな響きを伴っていた。床から足が浮きそうだったシャオは一瞬で現実に戻り、ピッと背筋を伸ばす。


「なっ、なんですか!」


「そう固くなる必要はない。歴代の勇者たちがみな始めに行うことだ」


 王は小さく笑い、右の人差し指を一本立てる。


「魔術師マリーアンを起こしてきてほしい。そなたも聞いたことがあるだろう、赤の魔術師と呼ばれる女性だ。」


 流石のシャオもその名前、というよりも異名には聞き覚えがあった。

 赤い髪に赤い目をした、赤い服を纏う魔術師。それはどんな時代の本にも勇者に付き従っているように書かれていたし、吟遊詩人もそんな風に歌っていた。恐らくは勇者と同じように代々受け継がれているのだろう、伝説の魔術師。


「……。起こしてほしい?」


 にしてもだ。その言葉の意味が上手く掴みきれなくてシャオは思わず問い返す。探すだとか連れてくるとかではなくて?


「ああ、起こしてほしい。詳しいことはシークレーが教えてくれよう」


 背後にいた魔術師たちの中から一人が一歩前に出て、静かに頭を下げる。それは先程目に留まった、ひときわ老いて見えた男だった。


「では頼んだぞ、勇者シャオよ!」


 王がゆっくりと立ち上がる。そして右手を掲げながら厳かに宣言すると、周囲から歓声と拍手が湧き上がった。これはもしかすると期待の表れというものではないだろうか。歓声の中心にあってシャオは思わず右手で胸元を掴む。勇者シャオ。口の中で繰り返してみれば案外据わりの良い呼称のようにも思えてくる。悪くないのではなかろうか。


「はい!!」


 意気揚々と返事をすると、周囲はおおお!とどよめいてより一層歓声が大きくなる。その中でシャオは興奮に似た感情を覚えて頬はいよいよ赤くなっていた。なんだこれ。気持ちがいい。


 そんなシャオを見てシークレーは小さくため息をついた。そしてそのことにシャオは気が付かなかった。というよりは周囲が見えていなかったのだ。

 シークレーはゆっくりと歩き出し、シャオの前で一旦立ち止まる。


「ついてこい」


 低いしゃがれ声でシャオに告げると、またゆっくりと歩き出す。その低音は歩く速度と同じくらいゆっくりとシャオの耳に届いた。ハッとなって振り返るとシークレーは既に十数歩先を歩いている。

 シャオは急いで王に向かって頭を下げると慌ててシークレーの後を追い、広間を出ていくのだった。

 

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