32. 開戦『最後の勝負』

「国王さぁーーーんっ! ごめんくださーーーいっ!!」


 初めて国王様宅へ訪れた時と同じく、元気よく大声で叫ぶ。

 出迎えてくれたオルグイユ様が、しばらく会わない間に何があったと言いたげに目をぱちくりとさせている。が、私の表情に何を見たのか、すぐさま相好そうごうを崩した。


「……どうやら、迷いは無くなったようだな」

「はいっ! ちょっくらあの人、ぶん殴ってきますんで!」

「心強い限りだな。――では、こちらへ来てくれ」


 こつ、こつ、こつ。大きなお屋敷の、だだっ広い廊下を歩く音が響く。そうして案内されたのは、国王様宅の一室だった。


「ここは……?」


 この部屋に魔王城への地図でもあるのかな、なんて予想は立ててみたけど――散々探索してきたのに、それらしき場所なんてどこにもなかったしなぁ。どうする気なんでしょ。

 頭いっぱいにクエスチョンマークを浮かべながらオルグイユ様の行動を見守っていると、おもむろに懐から何かを取り出し……握りしめ、目を閉じた。……念じている、のだろうか。

 程無くして現れたのは――宙に浮かぶ、妖しげな渦。

 それには既視感があった。うーんと唸りつつ、頭に指を当てて記憶を辿る。すると思い当たったのは……魔獣『ケルベロス』が現れた時の――


「……あの、まさか?」

「これを通れば、魔王の所へ辿り着けるはずだ」


 唖然とした。

 そりゃー、どこを探しても魔王城っぽいものなんて見つからないわけだけど。まさかの国王様宅から、それも直通で辿り着けるワープポイントができるとか、誰が思うのよ……!?

 本当に、この人とアズリーさんの関係は一体……。


「はぁぁ~……もうっ」


 盛大に溜息をつく。独り考えても、もう埒が明かないことだ。


「まおーさんとの話が終わったら、次はあなたとですからね?」

「ああ。約束する」

「絶対ですよ? 言質げんち取りましたからね!」

「異存無い。胸襟きょうきんを開き、私の知る全てを語ろう」


 うん。なら良し、です。そんなモノローグを浮かべつつ、大仰に首を縦に振る。

 国王様相手に何様だと思うが、細かいことは気にしない。


「教えてくださって、ありがとうございました。じゃ、行ってきます」

「頼んだぞ……リリィ殿」

「頼まれましたっ!」


 びしっ、と挙手の敬礼をする。ここにもそんな挨拶の仕方があるかは知らないけど。

 眼前に在るは、謎の空間の歪み。にも関わらず、私は頬を緩めすらして……迷いなく、その中へと足を踏み出した――。



 ――待ってなさい。

 私は救ってみせるんだから。

 この世界も。あなたも。

 私が望む、幸せな結末ハッピーエンドの為に。






「……――アズリー殿も……どうか、御武運を」




     ◇     ◇     ◇




 転送された先には……何も無かった。装飾の一切が無く、観客席すらも無い円形の闘技場、といった印象だ。

 そこに、魔王の――アズリーさんの姿を認める。

 魔王らしく豪勢で禍々しい椅子に座って待っているかと思っていたが、何とも味気ないことに、ただの段差に足を組んで腰かけていた。


「――……来たか」

「ふっふーん。来ちゃいました」


 まるで十年来の友達に対するようなフレンドリーな口を利く。


「……偉く上機嫌だが、何かあったのか?」

「そりゃーもう、わくわくしちゃってしょーがないですよ」


 最後の戦い。それも心躍る瞬間ではある。

 けれど私にとってのそれ以上の楽しみは、その後の――


「これから感動の結末エンディングを迎えられるんだって思ったら、ねぇ?」


 にまー、っと憎たらしいまでの笑みが自然と浮かんでしまう。

 そんな締りの無い顔を小馬鹿にしたのか、単に釣られたのか。アズリーさんも、ふっと短く笑った。


「随分な自信だな。では――」


 優雅な仕草で立ち上がり、こちらへと歩み寄ってくる。


「――お手並み拝見といこうか」


 手の平を正面へ突き出してきた。その先に光弾が発生し始める。

 それに応じ、こちらも臨戦態勢を取った。


「いくよ……――《ミスティルテイン》」


 手にしている、扇状に伸びた『ヤドリギの枝』に想いを注ぎ……裏葉うらは色に揺らぐオーラを纏わせる。

 構え終えた私の姿を見て、彼女の手より光弾が放たれた。

 それに動じず、タイミングを見極め……《ミスティルテイン》をスイングし――打ち返す――!


「っ!?」


 アズリーさんは度肝を抜かれた様子でありながら、最小限の動きでそれを避けた。赤く長い髪をかすめて、数本がはらりと散る。


「んんー、惜しいっ」


 悔しげに指ぱっちん。……残念ながら音は鳴らなかった。

 私に身に付けられる攻撃手段なんてたかが知れてる。仮に身に付けたとしても、消耗が激しく自滅する恐れすらある。まともにやろうとしたところで勝ち目は薄いだろう。

 だから、この戦い方が――自分の身を守りつつ、相手の力を利用することが――きっと私にできる最善手のはず……!



「――……面白い」

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