31. 決意『寄生木《ヤドリギ》』

 ――どれくらい……経っただろう。


 日が沈むのも早く、受ける風も凍てつくように冷たい。樹木からも葉が落ち、視覚的にも物寂しい季節になっている。

 そんな時期になるまで、私は齷齪あくせくと探索を行っていた。

 その様を冷静に、客観的に見られていたとしたら……"鬼気迫るようだ"と表現したことだろう。


「……ここも」


 もう何か所目か分からない。謎めいていて、何もない場所。

 ある場所は神殿だった。もぬけの殻であったり、人為的に破壊されたようなものばかりの。

 またある場所は洞窟だった。ただの動物の住処だったかもしれないが、当然の如く生き物の影も形もなかった。

 今しがた見つけた場所は、村だった。そのニュアンスは少し正す必要があり、『』と、言った方がいい。

 ここに何かがあったのだろうけれど定かではなく、住居らしき残骸だけが散らばっている。それこそ魔物にでも襲われてしまったかのような惨状だ。でも――


(――次……だ)


 頭に浮かんだ言葉は……短く、たったのそれだけ。頓着など露もしない。

 感傷に浸れる心の余裕も、もう持ち合わせてはいなかった――。



     ◇     ◇



 ふと――何かに気づいてしまう。飛行する速度を緩め……失意の中、止まる。

 目の前に広がるは、限りなく透明に近い壁。それは所謂いわゆる、"世界の端"だ。


 以前にも予感したことがあった。この世界は、あまり広くはないのかもしれないと。

 しかし……これでは存外に狭い。絶対とは言い切れないが、ほぼ全ての場所を回り終えてしまったはずだ。

 それでも、見つからなかった。

 魔王攻略の鍵となりそうなものは、何一つとして――。


「――――……ッ!」


 壁へと握った拳を叩きつける。単なる醜い八つ当たりだった。

 この壁を前にすると、嫌でも痛感してしまう。ここが、ゲームの世界であるということを。

 これまでに兄を含め、一体何人のプレイヤーがこのゲームをプレイしたのだろう?

 どこにも何も見つからなかったのは、その人たちによって探索済みだったということかもしれない。

 だとすれば……この世界のどこかに重要な何かが存在したとして、揃いも揃って見落とすようなことがあるだろうか……?

 私ですら回り切れる、こんなにも狭い世界で。


(ない……よね。プレイヤーがお兄ちゃん一人だったとしても……そんな、イージーミス……)


 兄が探し出せなかった攻略の鍵は、私にも見つけられない。

 兄にクリアできなかったゲームは、私にもクリアできない。

 兄を含めた他の人たちが成し遂げられなかったことを、私ごときが挑もうとしている。身の程知らずにも限度ってものがある。


 『兄は――魔王に負けた。』


 ここに来てその事実が、非情なまでに重くのしかかってくる――。


(やっぱり……私なんかじゃ……)


 膝から崩れ落ちる。悔しさに歯噛みし、涙が溢れそうになる。


(どうしよう……。もう、何も……)


 無策で特攻なんてしても無意味だ。かと言ってこのまま、何も無かったかのように平和にのうのうと過ごしていけるわけもない。

 絶望に打ちひしがれ、項垂うなだれてしまう。


 ――……いっそ、投げ出してしまおうか。全て。


 このゲームは兄がタダでくれたものだ。当然、課せられた返却期限などもない。そして兄の方からこのゲームの話題に触れてくることもまずないだろう。

 ……魔王を倒したところで、兄の記憶が戻るはずもないだろう。私は、ただ――怒りに身を任せ、復讐に走ろうとしていただけなのだから。

 それならば……私がやめてしまったとして、何の不都合がある……?

 しばらくは胸がつかえた気分に襲われてしまうことだろう。だが、いずれは綺麗さっぱり忘れることができるだろう。


(もう……いっか)


 諦めてしまおう。忘れてしまおう。このゲームのことは。

 そうとなれば、最後に――ウォルさんたちにお別れでも言ってこようか。トランプで一勝負して、楽しい思い出だけを持ち帰るのもいいかもしれない。

 そう思い自嘲気味に力無く笑って、立ち上がろうとした。


 ――するとゆくりなく、目の端にきらりと光る物が映る。


(…………?)


 それは胸元にあった……群青ぐんじょう色の宝石のアミュレットだった。

 師匠がくれた――形見と化してしまった贈り物。それに無意識に手で触れる。


(――そう、だ……。これは、たぶん……)


 このアミュレットは――『私にあって、兄に無かった物』だ。

 兄と自分を比べてばかりいても仕方がない。どうせ比べるのならば、"兄に足りなかったもの"、もしくは"私がまさっているもの"だ、と。このアミュレットが――師匠が教えてくれたような、叱咤激励してくれたような気がした。


(私と、兄との――他の人たちとの、違い――)


 何か、ないか。今一度、思い直す。

 私ならどう戦う? 何を武器にすればいい? 兄に出来なかったハズの戦い方は何……?

 私なりの"観点"。私にある"矜持きょうじ"。それは――



 ――『師匠に託された想いだったから』

 そんな理由で始めた、世界を救おうとする冒険だったけど。ここで過ごしてきて、色んな光景を目にして。私自身が、この世界を好きになっていた。

 過去にあったとされる『街が滅びかけた出来事』も、あの『穴』も。そんなこともう二度と許すわけにはいかない。

 これから先、起こり得るかもしれない『脅威』だって、私が取り除いてみせる。



 『守りたい。この世界を。』



 ――『なんで、こんな悪いことするの?』

 それには誰しも背景がある。理由や原因が、葛藤や正義がある。私は、そう信じていたはずだ。

 『理解しようとすることを諦めたくない』――そう言っていたはずだ。

 なのに私はあの人から聞き出そうともしていない。向こうが一方的に語っただけで、本当に重要なことはまだまだ隠されているかもしれない。

 あの人が見せた哀しそうな瞳の理由は、まだ何もわかっていないんだから。

 それを知る前に、あの人を悪だと決めつけるのは――全然私らしくなかった。絶望に打ちひしがれるのはまだ早かった。

 往生際悪く足掻あがいてやる。あなたが抱えてる全部を、お望み通り力づくで聞き出してやる。

 その先にも更なる絶望が待ち受けているなら、それはまたその時に考えればいいことだ。



 『理解してやる。救ってやる。魔王と名乗った、あの人でさえ。』



 ……詰まる所、根性論や精神論だ。

 だけど、この世界ゲームは……『想いが力になる』――そううたわれていたはずなんだ。ならば心とは、この世界において何よりも強大な武器になり得るのではないか。


 だったら――兄よりも、他の誰よりも。この世界ゲームを全力で楽しみ、愛してみせる。皆が笑顔でいられる、幸せな結末のために。

 私に在る武器は、その想いの強さしかない。しかしそれこそが、師匠が私を認めてくれた『答え』だったはずだ。


 ――……きっと、戦える。これなら……!


 そうと心が決まってしまえば、より一層の力が沸き上がってくる。『想いが力になる』――正にその通りなのかもしれない。

 胸で光るアミュレットを、ぎゅっと握りしめる。想いの限りの、感謝の気持ちを込めて。


(最後の最後まで……師匠に助けられちゃったなぁ……)


 死して尚、助けてくれる。そんな人との出会いが、私にとっての一番の武器であり、僥倖ぎょうこうだったかもしれない。


(頼りない弟子で、ごめんね。もう大丈夫だから――)


 ――見てて……師匠。


 俯くのをやめて、顔を上げる。

 幾日ぶりかの穏やかな溜息をつく。その息が白い。

 辺りの地面も、遠くの森も山も、色合い的には物寂しいものがある。


 それでも空は変わらず――青く、澄んでいた。


 思えばこうして景色を眺めるのも本当に久しぶりだった。それほど心にゆとりが無かったのだと、恥じ入ってしまう。



(――――?)


 少し離れたところに生えていた樹に目を引かれた。

 多くの樹々がすっかり落葉した季節のはずなのに……その樹には葉の集合体のような、丸い一朶いちだが見える。


(あれは――『ヤドリギ』……?)


 漢字では『宿り木』もしくは『寄生木』と書く、他の樹木の枝に寄生して育つ植物だ。

 『ヤドリギの枝』は他のゲームなどでもしばしば登場するものであり、その多くは神話にちなんだ武器として――剣や槍、弓矢など様々な形状で存在している。


 『ミスティルテイン』――そのような名を冠した、"伝説の武器"として。


 装備も道具も何も見つかりはしなかったが……今の私には、これが一番打ってつけのアイテムかもしれない。


(少し……分けて貰うね)


 あなたの――ヤドリギの持つ花言葉、『困難に打ち勝つ力』も一緒に。

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