28. 剣呑『村』

 つい最近まではこの世界も、夏休みの時期である現実世界と同じく、太陽の照り付けの厳しい、息を吸うだけでも熱く感じられる季節だった。

 今ではすっかり肌寒くなり始め、緑で溢れていた景色も黄や赤に色づき、また違った趣のある景色へと様変わりしている。

 そんな中を今日も今日とて飛び回っていると、何かを発見した。


(んん~……? あれは"村"……だよね? それに――)


 ――いる。人が。


 そろそろ収穫の時期なのだろう、田園に稲穂が豊かに実っている。

 その付近で作業中の、二十代ぐらいの男性の姿を認めた。これは是非とも話を聞きたいところだ。


「すみませーん」


 声を掛けながら、地上へと降り立つ。


「あなたは……?」


 酷く驚いた様子の男性。何にそんなに驚いてるんだろうと思いつつも、ぺこりと頭を下げて挨拶をする。


「こんにちは。私、冒険者の――」



「――……ッ!?」



 『冒険者』――その言葉を口にした途端、先ほどより一層驚かれてしまう。まるでお化けか妖怪でも見たかのような反応だ。

 そのただならぬ剣幕に戸惑っていると、男性が声を潜め、切羽詰まった様子で言い出した。


「……悪い事は言わない。すぐにここから離れて」

「え……っ?」

「いいから早く! この村は、少し……おかしいんだ……!」

「おかしい……、って……」


 訳も分からず、戸惑う。こういった場面で、迷うことなく言われた通り去れる人は……どれほどいるのだろう。

 優柔不断気味な私の判断は、少し遅かった――。



「――……何をしている?」



 友好的には微塵たりとも思えない、くぐもった声がした。

 男性が絶望に満ちた表情で、声のした方へ振り向く。


「……父さん」

「他所者との接触は掟で禁止されていたはずだが? よもや忘れたわけではあるまいな」


 父と呼ばれた人物は男性を一瞥いちべつした後、こちらへ視線を向けた。

 すると元々不穏な様相をていしていた父親が――更に豹変してしまう。



「貴様……か」



 ぞっとした。

 底冷えするような恐ろしく低い声。目が合ってしまったことを後悔した。

 同じ人間から、これほどまでに明確な激しい憎悪の感情……否、『殺意』を向けられている。その事実を受け止めきれるだけの精神力を、私は持ち合わせていなかった。

 息が詰まり、嫌な汗が噴き出て、全身が震える。『逃げろ』と本能が訴えかけてくるが、身体がその命令を一切受け付けてくれない。


 父親が、こちらへ向け無言で手を掲げる。その先に、その感情をかたどったような禍々まがまがしい黒い球体が発生する。

 再度目が合うと、そこには濁りのない純粋な怒りの色がみえる。次の瞬間には何の躊躇いもなく、を私へと放つだろう。


(まずい……まずい、まずいまずい……!)


 お願い、動いて――! そう必死に身体に命じ続ける。あんなの食らってしまえば、おそらく私は――なのに、なんで動けない――っ!


「――待ってくださいっ!」


 男性が間に割って入る。両手を広げ、私を背に守るよう勇ましく立ってはいるが……その身体は私同様、震えていた。


「……邪魔だ、退け」

「あれから何年経つか知りませんが……彼女の年頃ならば全くの無関係でしょう?」


(『あれから』、って……なに……? 何があったの……?)


 言葉は聞き取れる。頭はかろうじて働く。けれど依然として身体を動かすことはできず、無力感にさいなまれながら成り行きを見守る。


「彼女はきっと何も知らない。それなのに一方的に排除するだなんて……あなたが忌み嫌う『冒険者』の所業と、何がどう違うんですか?」

「……黙れ」

「僕は何も知らない若造です。だからこそ甘い考えを持ってしまうのかもしれない。けど……僕や、彼女の世代……それ以降の者にまで、その負の遺産を伝え続ける必要があるんですか……?」

「…………」

「どこかで断ち切らなければ、この村はいつまで経っても闇に覆われたまま、前に進めないんじゃないんですか……?」


 父親の瞳に迷いが見え始める。おそらく男性の言葉が正しいと理解している上で、それでも成さねばならぬのだと苦悩しているように。

 この人たちにも事情があるのだろう。何かとてつもなく重い――私たち『冒険者』を、問答無用で始末しなければならない程の事情が。


「それに……万が一にも僕が彼女に引けを取るとでも? 僕にだって分かる、彼女如きでは喧嘩にすらならない。そこまで歴然とした力量の差に、あなたが気づけないハズもないでしょう」


 父親には劣るのかもしれないが、この男性も相当な手練てだれなのだろう。相手の強さを推し量る習慣のない私にでも分かってしまうほど、惨憺さんたんたる差がある。

 この人たちは……この村は、本当に一体……。


「少しだけ話をしたら、すぐ追い返しますから。……お願いします」


 男性が頭を下げる。その真摯しんしな熱意に何を思ったのか……父親は険しい顔は保ったままではあるが、黒い球体を収めてきびすを返した。


「……冒険者。貴様が妙な真似をする気なら……その際はそれ相応の覚悟をしておけ」



     ◇     ◇



「…………はぁぁぁ~……」


 去っていく背中が見えなくなると……緊張の糸が切れ、へなへなと崩れ落ちる。


「大丈夫……ですか?」


 父親に歯向かっていった恐怖は、私以上だっただろうに。毅然きぜんと振る舞い、手を差し伸べてくれる。


「あの……ありがとう、ございます。庇って頂いて……」


 素直にその手を受け取って立ち上がり、深々と頭を下げた。


「いいんだ。僕があなたと話をしたかったのだから」

「私と……『冒険者と』、ですか……?」

「ああ。……さっきも言ったけど、この村はおかしい。異常だ」


 その言葉にはトゲがあり、声にも力が籠っている。本当に心から忌々しいと感じているようだ。


「まず第一に、他所者との接触の一切を禁じられている。――特に、冒険者に関しては……発見し次第、

「…………」

「冒険者から身を守るため――というより、戦うため……かな。日々鍛錬を積むよう命じられている。……いったいどんな化け物と戦おうとしているんだって、ずっと不思議に思っていたよ」

「…………」

「それほどまでに忌み嫌われる『冒険者』とは何なのか、何をしたのか。昔の事を聞こうとしても、詳しい事は誰も教えてくれないしね」


 呼吸をすることすら忘れて、続けざまに聞かされる衝撃の事実を傾聴していた。

 そんな村に、私は不用心にも踏み入ってしまったのか……。この男性がいなかったら、私はおそらく――。


「…………そう、だったんですか……。本当に危ないところを、助けて頂いたんですね……」


 もう一度頭を下げると、「気にしないで」と首を振ってくれた。


「あなたも、その時の事を全く知らないのでしょう? 僕よりも若いというのもあるけれど……何よりあなたが、そんな恐ろしい存在には全く見えない」

「……はい。何も知らず、何も分からなくて……」


 本当に……過去に『冒険者』は、何をしたんだろう。

 街の人たちと、この村の人たちで……こうまで『冒険者』に対する心証が違うのは、何故なんだろう。

 一方で『英雄』扱い。また一方では『害悪』、あるいは『厄災』扱い。

 この天と地ほどの差は、どうして生まれた……?


「一つ、気になるものを見つけたんだ」


 神妙な面持ちで、男性が切り出した。


「気になるもの……?」

「ああ。あっちの方角へしばらく行くと――『穴』がある」

「……『穴』?」


 きょとんとオウム返しに呟く私に、頷きをみせて話を続ける。


「以前に父さんに聞いたことがあるんだ。あの穴は何ですか、って。そうしたら――」


 不意に苦虫を噛み潰したような顔になった男性が、耳を疑うような台詞を放つ。


「――さっき、。あの時は本気で殺されるって思ったよ。……『実の父親に』、だ」


 絶句した。

 『穴』とやらはあの人にとって、それほどまでに触れてはいけない事柄だということだろうか……? それは、確かに――


「もしかしたら、あれが……あなたたち冒険者に関わりあるものかもしれない」

「かも……しれませんね」


 何が待ち受けているのか、考えてしまうと寒心かんしんに堪えない。

 しかしそれが冒険者の犯した罪だというなら、この目で確かめなければならないだろう。


「……あれを初めて目にした時、僕はこう感じた」


 男性が目を泳がせる。口を開くが声は出ず、俯いてしまう。

 やがて意を決して、声を絞り出した。



「――『絶望』、そのものだと」

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