23. 弊害『視線の先』

 どうして……だろう。


 最初に一度勝って以降、どうにも具合が悪い。

 運が衰えたわけでもなく、変わらず良いカードはきてる。

 なのに思うようにチップ賭け金が増えてくれない。それどころか着実に削られていく。


 この……よくわからないうちに負けていく感覚には……覚えがある。


 まるで……お兄ちゃんとやってる時みたいだ――。


     ◇


「私には興味がないか?」

「めっちゃありますよ、ありすぎてこのままでは夜も眠れなくなりかねないですよ」

「その割には、先ほどから一切私の顔を見てくれないな」

「こっちはあなたとしてる場合じゃないんですっ!」


 勝つのと負けるのとでは、天と地ほど……否、天国と地獄ほどの差が出てしまっている。なので必死にカードを凝視し、無い頭をフル回転させて全力で挑んでいた。

 ……顔を見られないのは、アズリーさんの"いやらしい視線"(被害妄想)を直視できないから、というのもあったが。



(手札は……『クラブのK』と、『クラブの10』……)


 初手では互いに淡々とチップを控えめに積み、三枚の場札フロップが開かれる。


 ……『クラブの4』、『ダイヤのJ』、『ダイヤの8』。


 場札はあと二枚増えるから、一応《フラッシュ》も《ストレート》も可能性はあるけど……望みは少し薄い。


(様子見、かな)


 弱気に少しだけチップをベットする賭ける

 するとアズリーさんは即座にチップを置いてくる。それも……賭ける額を現在の三倍にするという、かなり強気レイズ上乗せを仕掛けてきた。


(そんなに強い手札なの……? でも……こっちもこの手なら、まだ……)


 降りずに受ける。相手のチップと同額を賭ける、「コール」を宣言して。

 ディーラーにより、場に追加のカードが……四枚目ドローが開示される。


(次の場札は……『ダイヤの7』……うん、悪くない)


 ストレートの可能性が見えてきた。私の運ならば見事に真ん中の『9』を引いて……必殺技ばりにカッコいい名の"ガットショット・ストレート"を完成させることも――


「――――『』」


 突如発されたアズリーさんの声に驚愕きょうがくした。

 『オールイン』とは……合図だ。

 つまり、彼女はここで勝負を決めるつもりということ――それほどまでに勝つ自信があるということだ。

 相手の手札をこれまで以上に、じっとめ付ける。


(最初っから自信あり気だった。なら……もう《ストレート》が完成した? それとも、手札の二枚が『ダイヤ』で……《フラッシュ》……?)


 私は《ストレート》が完成するかどうかも不確定だ。それに仮に上手く完成したとしても、後者の《フラッシュ》だとすれば役の強さで負けてしまう。


「……フォールド降りる


 ここは……仕方がない、勝負を降りたほうが良さそうだ。全額を賭けるには勝算が薄い。

 早いとこ切り替えて、次に――


「――おっと」


 手が滑った、というようにアズリーさんが手札を落とし、あらわにさせる。


 見えたカードは――『スペードの2』に……『ハートの5』……っ!?


 数字もマークも、ばらばらもいいところだ。あまりに酷い……最弱と言っても過言じゃない。


(なに、それ……? それじゃまだ《ブタ役無し》で、できたとしても《ワンペア》じゃない……?! なんで、あんな強気っ――)


 そんな激情が表に出てしまったのか、くすりと笑いながら揶揄やゆされてしまう。


「そう怖い顔をするな。ゲームとは楽しむもの、だろう?」

「……なんで……そんな手で、オールインなんて……」

「兄は教えてくれなかったのか? ――例えば、お前のその手……『K』と『10』の"スーテッドマーク一致"か、良い手だな。

 彼奴に言わせれば、まず『初っ端から強気に勝負してもいい手札』だろう?」


(そんなこと、教わった覚え……)


 ――いや。「難しい話はよくわかんない、頭が痛い」とパスしてしまった記憶がある。

 要は、兄に戦略をみっちり教わった……ということだろうか。道理で既視感もあるわけだ。

 それに……さっきっから、ジロジロジロジロ私の顔ばーっか見てぇ……。そんなに私の身体が恋しいですかっ、もう勝った気になって脳内妄想繰り広げてんですかぁっ!? きぃーっ!

 などとますます心中穏やかでない私に何を思ってか、アズリーさんが優しく微笑みかけてくる。



「そろそろこっちを見てくれてもいいんじゃないか? ――



 目が見開かれ、ドクンっと心臓が跳ねた。


(――そう、だ……私は……。)


 そして……遠き日の兄との記憶が、頭に流れ込んでくる――


     ◇


「お兄ちゃん、強すぎだよぉ……ネットでいっぱい練習してきたのにぃ」


 こっそり秘密の特訓をして、意気込んで挑んだくせに……いつものように徹底的に叩きのめされた私は、ぐでーんとベッドの上で伸びる。


「ネット対戦は相手の姿が見えない分、運の要素が強いからな。こうして実際に顔を突き合わせてやるのは、心理戦だ。ほとんど別ゲーになる」

「むぅ~……」

「ましてそれがタイマンの『ヘッズアップ』だと尚更なおさらだな。


 そんな風に喋りつつも、華麗な手際でトランプをシャッフルし終えた兄。

 再開されたゲームで早速実践してみようと、兄の顔を凝視した。……が、相手の表情と言われても……ただ睨めっこしてる気分になってしまう。

 兄が人並み外れてポーカーフェイスなのだろうか。単に私が相手の感情を読み取るのが下手なのだろうか。


「だーっ、もうっ! ぜんっぜんわっかんないってばぁ!」

「ははは。お前には無理があったか」


 それからもネットや学校の友達と遊ぶことはあった。相変わらず己の豪運だけで勝ちは重ねたが……心理戦、というものは全くしていなかったのだろう。



 これは……『運』でしか勝ってこなかった、弊害だ――。


    ◇


 回想の間、呆然と宙に視線を向けていた。

 僅かに我を取り戻すと……半ば無意識に、目の前の女性の顔を見つめる。私は今、どんな感情を抱き、どんな表情を向けているのだろう。

 アズリーさんが、ふっと笑った。


「ようやくまともに私の顔を見てくれたな。――


 行われた、手札開示ショーダウン。こちらの手は……《ツーペア》。

 普段ならば、この役で勝負することは滅多にない。下から数えた方が早い強さの役であり、これより良いものが私には容易に来てくれるから。


 しかしもう、悟ってしまった。


 私では、この人には――


良い役が完成したな。《スリーカード》、だ」


 アズリーさんの手、『3』の《スリーカード》。それは決して強い方じゃない。その役以上の手は、私は何度も作っていた。



 それなのに――私は、負けた。

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