16. 亡国『ティファレシア』
「私が、そのお探しの国王だ」
――――っ!?
「たっ、たいっへん、失礼をしましたぁぁぁぁ……!」
ごんっ。反射的に頭を下げて、テーブルにぶつけてしまう。
いや、ここは椅子から降りて土下座をしながら命乞いをするべきだったか。今度こそ処されても文句は言えない大失態です。
「そう
慌ただしい私の反応に、くつくつと笑う国王様。
なんだか聞き逃せないことを仰ってる。『国王が名ばかり』、って……?
「先に、私の方から少しいいかな?」
まともに会話ができそうもない状態の私を気遣ってなのか、国王様の方から切り出してくれた。もちろん断る理由など一切ないので、「は、はい」と恐縮しきって答える。
「私は生まれも育ちもこの地でな。他国へ
こくこく、頷く。知ってるとは言っても、あくまで『ゲームの世界のもの』だけど。
「率直でいい。他と比べて、ここは『国』に見えたか?」
率直、とですか。むぅ……変に否定したり、お世辞を言う場面でもなさそうだし……?
それなら――と、
「……そう……です、ね。私は、ここが……『国』だと、思っていませんでした。でっかい『お城』とかもないし……『街』とかかな、って」
「それと同様、私も『国王』には見えなかった。そういうことか?」
「はうぅっ……!?」
痛いところを突かれ
こ、この人……なかなかの曲者さんだ……っ! あからさまに私の慌てふためく姿を見て楽しんでらっしゃる。くぅっ……。
「さて。ここからが本題になるが――」
それまで緩んでいた表情が、不意に引き締まる。テーブルに肘をつき、両手を口の前で組んで、一際真面目なトーンで語り始めた。
「記録が残っている。……かつてここには、国があった。その当時でも他国と比べれば酷く
胸を
「ここは周囲を険しい山が囲み、海からも遠く離れている。発展して行くに
……それでもこの地を美しいと感じ、留まった者たちがいた。それが今もこうして遺っている」
また一人、また一人……と去っていく。残る者たちにとって、緩やかに
それでも信念を曲げることなく、留まり続けることを選べた者たち。きっと生半可な気持ちじゃなく、私ごときでは計り知れないのだろう。
ただ、これだけは分かる。
それほどまでに……本当にここを、愛していたんだ――。
「何時からか、とは明瞭な断定は出来ないが……王政など時の流れと共に自然と廃止され、今となってはもう『国』とは呼べない。『ティファレシア』の名はそのまま継いでいるようだが、君の言うように『街』が
『ティファレシア』とは……国としては、とうの昔に滅んでしまった地――そしてそれが、このゲームの舞台……か。
「前置きが長くなってしまったな。ようこそ、ティファレシアへ。私は『オルグイユ』という。国王などと呼ばれてはいるが……先に話した通り、しがない者だよ」
「……リリィ、と申します。よろしくお願い致します、オルグイユ様」
……なんだろう、オルグイユ様の発言にモヤっとした何かが引っかかる。
その正体はすぐに思い当たった。――『しがない者』、だと。
ほんの少しだけ
「私は……ここに来て間もないです。けど、ここに住む人たちの……特に酒場の人たちの姿を見れば、ここがどんなに素晴らしい場所か、わかります。
差し出がましいようですが……オルグイユ様は『国王』として、立派にあられると思ってます」
いち冒険者の分際で、過ぎたことだったかもしれない。それこそ
でも、感じたままを伝えずにはいられなかった。会ったばかりだけど、話し始めてそう経ってないけど……この人は決して、『しがない』人間じゃない、って。
そんな私の
「……酒場の連中は元気だったか?」
「はい、とても。皆さん終始笑顔が絶えず、
「私も時々顔を出すが……いい場所だな、あそこは」
大きく頷き、同調してくれる。しかし唐突に、それまで和かな表情だったはずが……なぜかその温度が急激に氷点下まで達したように一変する。
「……だが、彼奴らの私に対する呼び名、『国王さん』は敬意など欠片も無い……単なる愛称感覚だろうな。仮に私に『国王』としての権限があったなら、不敬罪で容赦なく裁いたであろう」
サーッと血の気が引いてしまうほど不穏な発言に、思わず立ち上がり抗議してしまう。
「そっ、そんな!? あの人たちはちゃーんと慕っていらっしゃいますって! オルグイユ様のこと……!」
「冗談だ」
ずってーん、とコントばりにすっ転ぶ。はっはっは、と国王らしからぬ笑い声を上げるオルグイユ様。
流石にお
けれどもそんな話をしたことで、本来の用件を思い出した。
お陰様ですっかり緊張も解けている。弄ばれるのも悪いことばかりじゃないかもしれない。でも寿命は返して欲しい。
「その酒場の皆さんが口を揃えて言ったんです。国王様なら、私の聞きたいことを知っているだろう、って」
「ほう……何かな?」
「昔、ここで起こったという……なんでも、『街が滅びかけた出来事』について、です」
ピクリ、と反応をされる。それだけですぐに思い当たったのだろう。
「あの、出来事……か。そうだな……」
どこから、なにから話せばいいか。そう悩むよう視線を宙に泳がせている。
「あれは……五十年ほど前か。私はその当時、衛兵の長を任されていた」
「長……ということは、一番強かったのでしょうか……?」
「……私に力など無かったよ」
憂いを帯びた自嘲の笑みを浮かべる。失言をしてしまったかと、胸が痛んだ。
「確かに私には自信があった。戦闘を想定した実力的な面、この地を愛する想いの面。そのどちらもが、他の誰よりも強いであろう誇りを持っていた。……そんなある日、現れたんだ……『奴ら』が」
肌が
これは……オルグイユ様から溢れ出る、『憎悪』だ……。
「何処から、何故この地に、何の目的で、
自責の念に駆られ、
「それは自由も平和も、誇りも感情も、祖先が紡いでくれたこの地も、生命さえも。我々の尊厳の全てを奪い、踏み
歯が砕けるほどに
……そんな時だ。『あの御方』が現れたのは」
重苦しかった空気が、一息に緩んだ。『あの御方』――そう口にすることで、その人の雄姿が浮かんだのだろうか。その人への思いを募らせたのだろうか。
ふと見つめた、オルグイユ様の瞳が……とっても温かく、優しい色をしていた。
「誰もが絶望に打ちひしがれる中……あの御方は己の犠牲も省みず、全てをその身一つに負い、たった一人で成し遂げたんだ。あの御方が居られたからこそ、こうして今もこの地が在る。紛う事なき、『英雄』だ」
『英雄』――その言葉に、酒場での記憶がフラッシュバックする。
この街に活気をもたらした冒険者を、『英雄』のように思っていたウォルさん。
トランプを、ゲームを広めた冒険者とは……誰なのだろう。
オルグイユ様の仰った、この街を救った英雄とは……誰なのだろう。
同一人物……という線は、あるのだろうか。
もし、そうなら――
――……まさか、ね。
「その人は……今は、どちらに……?」
「さあ、な。最後にお逢いしたのも何年も前だ。現在は何処で、何を為さっていることやら……。すまない、肝心な所で力になれず」
「いえ。色々とお聞きできて、助かりました。本当にありがとうございました」
立ち上がり、深々とお辞儀をする。
これを受けてオルグイユ様が
「何か私に出来ることがあれば、何でも頼って欲しい。このティファレシアでの滞在が、君にとって有意義なものであることを願っているよ。冒険者、リリィ殿」
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