17. 天使『おしえて、鳥さん』
国王様――オルグイユ様との話を終えた私は、その足で街の外へと向かった。
途中、衛兵のお兄さんに呼び止められる。酒場にて既にその通例を聞いていた私はコンパスを見せ、「気を付けて行っておいで」と衛兵さんに見送られつつ手を振り別れた。
これも酒場で得た情報の一つだが、この世界では移動手段が皆無のようだ。
馬車などもあるにはあるが、一部の行商人さんの個人所有の上に、この街では殆ど使われないらしい。街の周りを囲う山々を超えるには、馬車は不向きだからだそうな。
つまり――自前で移動手段を用意する必要がある。
とは言っても、何にするかはもう決めてあった。それを想像しただけで沸き上がってくる高揚感から、飛び出すようにここまで来たのだから。
私の中での、ファンタジー世界における移動手段と言えば……『飛行』。もっと具体的に言うなら、『翼での飛行』だ。
自らの翼で、自由に大空を駆け巡る。そんな子供たちの夢を象徴するような瞬間がもうすぐ訪れようとしているのだから、いやが上にも心が躍ってしまう。
ただ……魔法に触れるのもなんだか久々だなと、
……鈍るほどの腕もなかったって? いやいやソンナコトナイヨ、キノセイダヨー。
すぅ……っと目を閉じる。
そうして
――『リリィは虚弱ですねえ』
時に厳しく……訂正。大体いっつも厳しく、悪魔じみてスパルタだった師匠。
――『この世界を……導いて下さい』
見ず知らずの私を導いてくれた師匠。その人の願いのために、今もこうして歩み続けている。
(うん。大丈夫……)
あの日々のことは、とても形容し難い。
苦しいけれど楽しく、嬉しいけれど悲しい。仰げば、尊し。思えば、いと
忘れることはきっとできない。未来永劫引きずり続けてしまうかもしれない。
それでも――私はいま、笑えてる。
ゆっくり、大きく息を吸い込む。静かに吐き出しながら……意識を更に深いところまで沈み込ませる。
思い描くは……白い、羽。
自身の肩甲骨付近から……両手を広げるよりも大きな、意思に応じて動く翼を。
イメージの助けとなるよう、ストレートなネーミングで。
言葉に、想いを
「――《
…………中二病が過ぎた。
す……、少しの気恥ずかしさぐらい、我慢しよう……。
発現させることに、見事に成功したのだから――!
「おおぉぉぉぉ……!」
背中に生えた、見事なまでに美しい白き翼。
広げて……
かんぺきだ。リリィちゃんってばまじてんし。
元々天使のような微少女だったこの私が、限りなく本物のそれに近い存在へと昇華してしまわれた。これは罪深い……。
――……『微少女』? あれ、字がおかしいような。
なっ、何はともあれ、せっかくなので早速飛んでみようか!
いよいよだ――そう思えば胸の高鳴りも最高潮に達する。気休め程度でも、大きく一度、深呼吸をして。
翼を広げ、はためかせ……さぁ旅立とう、この大空へ――っ!
ぱたぱたぱた。
――……?
ばさばさばさばさばさ……。
――…………。
ばっさばっさばっさばっさばっさばっさ!
――……………………。
…………飛べません。
どれだけ頑張って翼を上下させても、地面から足が離れる気配がうんともすんともです。
私は一体、何をどこで間違えてしまったのでしょう……?
翼を生やすだけでは、人が飛ぶこととは叶わぬのでしょうか。
人は地に足をつけて生きよという、神様からのメッセージなのでしょうか。
おしえて、鳥さん……。あなたたちは、どうして飛べるの……?
◇ ◇ ◇
あえなくタイムリミットを知らせるアラームが鳴り、とぼとぼと現実世界へと帰還した。
飛び方に関しての作戦会議も必要だけど……とりあえず、とベッドから起き上がる。
酒場での話を聞いた限り、ウォルさんが『英雄』だと称したトランプの冒険者さんは、私の中ではお兄ちゃんでほぼ確定していた。
だからこっちに戻ってきたら、まず――
「ねぇねぇお兄ちゃんお兄ちゃん」
こんこんこん。ノックはするが、当然返事は待たない。ドアを開け、ずかずかと部屋へと踏み入る。
「んー? どうした」
事務椅子に座り、PCに向かっていたお兄ちゃん。こちらを振り返りもせずに、私の呼びかけに気だるげに応じる。
何の前触れもない私の訪問にもすっかり慣れっこなので、この程度では
「あのさぁ、あの――」
――――『あのゲーム、やったことあるの?』
そう問いかけたいのに、言葉が続かなかった。
ゲームを――『ティファレシア』のパッケージを見せた時の、兄の険しい表情を不意に思い出してしまったから。
その時、兄が何を思ったのかはわからない。が、こちらからそのゲームの話題を振るのは……下手に詮索をするのは……
「……どうした?」
口を
「あっ……、え、っと……」
いっそ、素直に聞いてしまおうか。
……いやだめだ。あまり触れられたくないかもしれないんだから。
それに気づいておきながら、尚も問い質せる図太さも勇気も、私は持ち合わせていなかった。
静寂の中、兄の視線が突き刺さってくる。これ以上黙り込んで、心配させたり苛立たせたりするわけにもいかない。
なんとか誤魔化せること、何か……なにか…………――あっ。
「と……、鳥が、なんで飛べるか……って、知ってる……?」
「…………はぁ?」
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