15. 謁見『人生おわた。』

 ウォルさんが、『この街にいる間は上の部屋を好きに使ってくれ』と、二階部分にある簡素な空き部屋での寝泊りの許可をくれた。

 ゲーム内でもちゃんと睡魔はあるもので、それ以上に夜間にできることがほとんどない。街の人々は寝静まり、外に出ても暗闇での探索は難儀だ。なのでこの先、宿に困らなくて済むのは非常に助かる。

 つくづく冒険者に心酔してるウォルさん。本当に良くしてくれる、ありがたや。


     ◇     ◇


 ――そしてその翌朝。



 ………………。


 あんぐりと口を開いて、茫然と目の前の建物を見つめる。なんだろう、デジャヴです。

 そこにそびえ立つは、見るからに『やんごとなき方』の住んでいるであろう、立派なお屋敷だった。酒場も相当だったけど、それよりも一段と大きい。

 他の住居と明らかに雰囲気が違っていて、できることなら立ち入りたくない強烈な威厳を放っている。お城ではないのが、せめてもの救いだろうか。

 なるほどこれは『あっちの方へ""って行けば""とあるから、一目見りゃわかる』なんていうウォルさんの雑すぎる説明でも余裕で分かっちゃう。


 そう――いま私は、『国王様』に会いに……いや、謁見えっけんしに……? 参ったのでござりまする。……だめだっ、国王様に失礼でない敬語をどなたか早急に教えろください。

 はっ、そうだ! 敬語は分からないけど、『魔法の言葉』ならウォルさんが教えてくれたはず。んんっと、確か……『着いたら"こう"言やいい。大きく息を吸い込んで、腹に力を込めて――』

 すぅー……っと、息を大きく吸い込み……意を決して放つ、魔法の言葉――!



「国王さぁーーーんっ! ごめんくださーーーいっ!!」



 …………。


 いやいやっ! これただのふっつーの挨拶じゃない!? それもかなーりフランクな!

 ねぇヤバない? 不敬罪で処される? 斬首されちゃう?

 あぁっ、私の冒険がこんなとこで終わってしまうのね……。くそぅ、ウォルさんめ……一生で終わる呪いをかけてやるんだからぁぁぁぁ!!


 キィィィ……と静かに扉の開く音。そして、中から誰かが出てくる。


 ひいっ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――……と心の中でエンドレスリピートしつつ、頭を抱えてしゃがみ込む。がくがくぶるぶる……。


「……君は? どうした、そんな格好で」


 恐る恐る顔を上げると、気品の滲み出る初老の男性が立っていた。ピシッとしたモノトーンの服装で、ぱっと見は執事さんのように見える。


「は……、はぎっ、はじめまひて……。わ、わわわたし、このまちにきたばかりの……冒険者、でしてぇ……」


 ……舌噛んだめっちゃ痛い。

 変なポーズとってる上に、動揺が表に現れすぎてて……完全に不審者の代表サンプルと化してる。決してコミュ障ではないつもりでいたのに、この世界では度々こうなってしまうのは何故だ。

 でも今回ばっかりは許して欲しい。私が会いに来たのは『国王様』なのです、緊張するなという方が酷ってものでしょう……?


「冒険者……?」


 その人は微かに驚いたように見えたが、すぐに顔をほころばせた。


「冒険者とは……何年ぶりだろうか。歓迎しよう、若く愛らしい冒険者殿」


 そういうと建物内へ入るよう促してきた。恐縮しながらも、ひとまず命だけは何とかなりそうだと、ほっと胸を撫で下ろす。


     ◇


「わぁっ……」


 外装も立派だったが、内装には更に目を見張るものがあった。

 通されたのは応接間だろうか、荘厳そうごんなゴシック風だ。それでいて過剰にきらびやかではなく、落ち着いた色合いの上品な空間が広がっている。


「適当な所へ座ってくれ」


 そう言い残してどこかへ向かう老紳士さん。少し躊躇いがちに、ちょこん。と慎ましく椅子に着いた。

 きょろきょろ、そわそわ。視線が辺りを彷徨う。やれ綺麗な観葉植物があるだの、やれ高そうな置物があるだの、さっぱり落ち着かない。


 そんな具合でしばらく待っていると、先ほどの老紳士さんが戻ってきた。どうやらお茶を淹れてくれていたらしい。

 歩き姿、茶器を差し出す様。一連の立ち振る舞い全てが妙に洗練されていて、ついつい見蕩れてしまう。


「それで。何の御用かな?」

「えと……国王様にお会いして、お聞きしたいことがございまして……」


 まだ固さの取れない口調で顔色を伺いつつ、「国王様はどちらに……?」と言外に含ませて告げる。

 すると老紳士さんが、ふっと小さく笑った。



「私が、そのお探しのだ」


 ――――っ!?

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