14. 賭博『LUK極振り』

 お兄ちゃん(仮)がルールを教え、布教隊長のウォルさんが広めたトランプゲーム。それは驚くほどバラエティに富んでいた。

 ババ抜きや7並べ、神経衰弱、ナポレオンにスピード、ブラックジャック……などなど。万人受けするような定番どころはほぼ抑えてある。


 ――そして今現在プレイしているのは……大富豪。


「あっがりぃ~♪」


 私は最後の一枚の手札を場に置いた。弾んだ声で高らかに宣言しつつ、万歳で喜びを露わにする。


「っだー! まーた嬢ちゃんかよ!?」

「ほんっと敵わねえなあ……」


 もう何度目かわからないトップ上がり。数多くのゲームを捌きながらも、ほぼ無傷の負けなしだ。運の良さだけは自信があるのです、ふふんっ。

 この世界や現実にステータスの表示があるのなら、まず間違いなくLUK極振りのステータスになっていることだろう。


「あら、あら。負けてしまったわ。お料理つくらなきゃ」


 そう言って立ち上がったのは、品の良さそうなおば様。

 入店した当初こそ中年男性ばかりだったこの酒場も、入れかわり立ちかわりで顔ぶれが目まぐるしく変わっている。

 意外にも女性の比率も高く、あろうことか私よりも小さな子どもすらも平気で出入りし、老若男女入り乱れてゲームに勤しんでいった。


 ゲームを参加する上での主な決まり事としては、次のような感じだ。

 成績下位の人が一旦ゲームから離れ、今しがたのおば様のように、調理場に立ち料理を振る舞ったり。料理が不得意な人であれば、空いた食器を片づけたり、その洗い物をしたりと、敗者の罰ゲームのように雑用をこなしていた。

 食材は皆が持ち寄ったものばかりみたいで、誰かが入店する度に新しいものが次々と補充されていく。差し入れというより、ゲームへの参加費感覚に見受けた。


 先ほどこの酒場はどうやって切り盛りしているんだろうと不思議に思ったが、何の事はない。

 この酒場では、皆が客で、皆が従業員で。皆で仕入れをして、皆で運営していく。そんな場所だったみたいだ。

 ……ただまぁ、酒場の主はウォルさんで正しいかも。カウンターや調理場にいっちばん長く立ってるのは間違いないから。めっちゃ負けまくるもん、あの人。


「はぁい。どうぞ、召し上がってくださいな」

「んっふふー♪ ありがとうございまーすっ」


 おば様の手料理が完成したみたい。満面の笑みでお礼を言って受け取る。

 これまた美味しそうなオートミールのリゾット。湯気と共に立ち込める、犯罪級なまでのチーズの香ばしさに瞬時に魅了される。ひとたび口へ含めば、打って変わった優しい塩気とコクが良い塩梅あんばいで広がって――


「んんぅー……っ! もぉさいっこーです、おーいし~っ!」

「ふふふっ。お口に合って何よりだわぁ」


 両手を頬に当てて、思わず目を閉じ悶えてしまう。そんな大げさに見える反応にも、上品に微笑んでくれるおば様。

 これまでには、お芋のポタージュ、豆と根菜の煮物、木の実入りパンと数種果物のミックスジャム……等々、色んな料理に舌鼓を打っていた。お肉を使った料理が一切なかったのはちょっぴり残念だけど……この世界の食文化なのかな?

 しかしまぁ大富豪で勝ち取ったからって、食卓まで大富豪ばりの豪勢なものにされても食べきれない。なので勝利時の報酬には度々『情報を貰える権利』もお願いしていた。

 聞けば普通に教えてくれるだろうけど……『欲しいものがあれば、ゲームで勝ち取れ』――その流儀に則ることにしたのです。だってそうした方が楽しそうだしっ。



 例えば、気になっていた『コンパス』のこと。


「これ、貰った物なんですけど……どういった物なんでしょ?」

「ああ。それも例の兄ちゃんが作ってくれたんだよ」


 話を聞くに……言うなれば、『迷子防止用GPS機能付きコンパス』らしい。

 子どもたちが街の外の森などへ遊びに行っても、道に迷わないように。万が一の際にも、親御さんがその位置を知れるように。

 街の入口で会った兵士さん――『衛兵』さんというみたい――その人たちは念のために街を出入りする人がいたら、このコンパスの所持を確認するのが通例となっているようだ。

 ……つまり。あの時の衛兵のお姉さんの、私への対応は……が外へ遊びに行ってて、帰ってきたのだと思い込んでのもの……。

 納得はする。釈然とはしないけど。私ってば、頭なでなでされるほど小さな子に見えましたか……。



 他にも、この酒場がなんでここまで巨大なのかも聞いてみたりした。

 なんでも……トランプを通じて仲良くなった人たちが、皆で気軽に駄弁だべって遊べる溜まり場として、協力して建てたものらしい。

 『人の酒場を勝手に移転すんな! 改築すんな、溜まり場にしようとすんな!』……とかなんとか、ウォルさんだけは最後まで嫌がっていたようだけど、どうも数の暴力には勝てなかったようです。

 『友情の証』……? 『ゲームで生まれた絆の結晶』……? そんな風に言えば聞こえは良いけど、どちらかと言うと『悪乗りの集大成』って感じ。

 つくづく愛されてるマスターさんですこと。なんやかんやでウォルさんも幸せそうだから、結果オーライだ。


     ◇


「さぁて。そろそろおいとまさせてもらいますね」

「だねぇ。いい頃合いだ、僕も抜けます」


 そういって共に席を立ち会釈する男女。姉弟さんかな、仲良さそうに退店して行く。

 夢中で気づかなかったけど、外もすっかり薄暗くなってたみたい。その二人に便乗するように、他にも数名が連れ立って行った。

 不意にウォルさんが、その中の一人の首根っこを掴む。


「おい何さらっと帰ろうとしてんだ。お前は皿洗ってけ」

「ちっ。嬢ちゃんに負けすぎたショックで忘れとけよ」

「こっちは負け慣れてんだ。んなことで記憶飛んだりすっかよ」

「なるほどそいつは一本取られたな」


 大きな口を開けて笑いながら、潔くお皿洗いへと向かう。ああいう男性特有の乗りってなんとも微笑ましい。


(ん~、私はどうしよっかな。お腹いっぱい食べたし、聞きたいことも大体聞けたと思うし……って。――あっ。)


 大事なことを聞き忘れていた。

 プレイ途中の大富豪で、『革命』を発動させてからトップで上がる。絶望に満ちた悲鳴が沸き起こってるが、どこ吹く風と、勝ち取った『情報を貰える権利』を行使した。


「この辺りの治安とかってどうなってます? 周辺に危険な生物がいたりとかは……」


「いんや? 平和なもんだよ。なあ?」

「生まれてこの方、一度もそういった話は……」

「いや昔なら……なんでも、この街が滅びかねない出来事があったとか?」

「あー。あるにはあったらしいな……だが俺が生まれるよりも前だしなあ」


 俺が生まれるより前――そう言ったのは、この場では最年長らしい男性だった。察するに、五十年ぐらいは昔のことらしい。

 少なくとも現在のこの辺りは、魔物などとは無縁な場所みたいだ。この街まで歩いた際にも何とも出くわさなかったから、薄々勘付いてもいたけど。


(むぅ。そんな昔のことじゃ『脅威』や『魔王』とも何の関係も無いかもしれないけれど……今のところ何の手掛かりもない状態だから、どんな些細な情報でも欲しいっかなぁ)


「誰かその当時のことを知っていそうな人っていますかね?」


「んんん……知ってる人がいるとしたら……『あの人』ぐらいじゃない?」

「あぁ。『あの人』なら、元衛兵らしいし詳しいかもな」

「だな。『あの人』に聞けば間違いない」


 おぉー。満場一致で同意しているみたい。街一番の物知りポジションなお方がいらっしゃるご様子。これは期待できそうだ。


「それはどこのどなたでしょ?」


 その場にいた全員の声が、綺麗にハモった。



「『国王さん』」



 ――……はい?

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