13. 巣窟『やめて!私に乱暴する気……あるぇ?』

 からんからん。入店を知らせる鈴の音が鳴る。

 日の高さからして真昼間だろうに、店内には結構な人数がいた。

 ざっと……二十人ぐらいかな、三十~五十歳に見える男性ばかり。その人たちの目が、一斉にこちらを向いた。

 予想はしてたけど、私のようなガキンチョは完全に場違いだ。あと入店する直前で気づいたのだけど……無一文なんです。ヤバいです。


「どっから誘拐してきたんだよ」「とうとうそんな若い子に手だそうってのか」「女っ気の無さがたたったからって、そりゃあねぇだろ」……そんな少し柄の悪い野次が飛ぶ。


 えっ、えっ……。これから私はどうなってしまうのでしょうか……? や、やっぱり、的なアレなのでしょうか。『金が無ェ? なら身体で払ってけよ、げっへっへ』みたいな流れになってしまうのでしょうか。

 そういった話には免疫が無いくせに、無駄な知識だけはあるせいで、余計に身体が強張り頭の中がぐるぐるする。


「バッカやろう、貴重なお客さんだ。この街に来たばかりのの、な」


 その言葉にどよめきが起こる。どうも俄然興味を持たれたご様子でした……びくびく。

 背中を押され案内されたのは、カウンター席だった。逆らう気力すら沸かなく、促されるまま着席すると……マスターさんがカウンターへの入口へと向かい、私の正面にまわる。


「改めて自己紹介しようか。俺はウォル。嬢ちゃんは?」

「り、リリィ……です」

「リリィちゃんか。見事に大人の野郎ばっかで怖がらせちまったか? 普段はここまでのむさ苦しさじゃねえんだが……まっ、口は悪いが気のいい奴らだから安心してくれ」


 さすがはマスターといった、鮮やかな手つきで何かを――どうやら飲み物を用意し始めた。程無くして差し出された容器から、柑橘系の良い香りが漂う。


「この街で採れた果物の搾り汁だ。嬢ちゃんぐらいの歳なら、酒よりこっちのがいいだろ?」

「あ、あのっ……お金とか、持ってないんですけど……」

「ああ、いいよ。俺からの奢りだ、遠慮せず飲んでくれ」


 ニッと屈託のない笑顔を向けられると、僅かながら警戒心が薄れた。そう言うならと、おっかなびっくり飲み物を口へ運ぶ。

 まず感じたのは、強めの酸味。徐々にそれを和らげてくれるような、優しい甘さが口いっぱいに広がっていく。後に残るは、柑橘特有のすーっとした爽やかさ。


「……おいしい」


 素直な感想が零れ出て、自然と顔も綻ぶ。

 思えばここまで長いこと歩き続けた為に、喉もすっかり乾ききっていたみたいで、ごくごくと一息に飲み干してしまう。そんな私に、満足そうに深く頷きをみせるウォルさん。


「それに、この街じゃ金なんてあってないようなもんだからな。まともに使ってんのなんか、行商人さん方ぐらいだ」

「それじゃぁ、欲しい物がある時はどうしてるんですか?」

「主には物々交換だ。あとは他の対価……例えばうちの場合なら、調理手伝いや皿洗い、掃除に給仕あたりが基本だが、場を盛り上げてくれるような話題提供やら一発芸なんかでも受け付けてる。ここは皆で面白おかしく酒が飲めりゃあ、それが一番だからな」

「おぉー……っ」


 素敵な思想だと思った。賛同の意を示すよう首を上下させ、無意識に拍手まで送りそうになる。

 でもこんな大きな酒場を、それでどうやって切り盛りしてるんだろう。仕入れとか利益とかどうなってんでしょ。


「あとはなんといっても、『コイツ』だな!」


 そう言って懐から取り出し、有名な某ご隠居様の印籠いんろうばりに見せつけてきたのは……謎のふだの束だった。

 一番手前にある札の絵柄だけが見える。そこに描かれていたのは、大きな鎌を持った道化師のイラスト。更にアルファベットで――『JOKER』。

 これはまさか、ひょっとしなくても……?


「――『トランプ』?」


 私の反応を予想してたかのように、ウォルさんがニヤリとする。


「やっぱ知ってたのか。さすが冒険者さんだな」


 この世界にもトランプがあるのかー……と、普通に感心してしまう私。けれどウォルさんが、耳を疑うようなことを言いだした。


「これは昔な、冒険者の兄ちゃんが作ってくれた物なんだ。なんでも……そう、たしか……『コイツは人類が生み出した最高峰の"神器じんぎ"だ。コレさえあれば一生遊べる……いや、一生かかっても遊びきれない"魔法のアイテム"だ』……だったか」


 目を見張ってしまう。微妙な差異はあったかもしれないが、私も過去にそんなセリフを聞いた事があったからだ。


 ――『旅行先での暇つぶし……? コレさえあれば永遠に遊べるだろ』

 ――『おいトランプをバカにすんな。神器だろうが』

 ――『無人島に何か一つだけ持っていくとしたら、コイツ一択だ』


 よく見知った人の、よく聞き慣れた声が、脳内で再生される。

 トランプ一つに、そこまでの美辞麗句を並べる変人さんは……すーぐ命や一生を捧げたがる愚か者さんは……『』ぐらいじゃなかろうか。


 もしかして、この街に来たことがあるの……?

 やっぱり、このゲームをプレイしたことがあったの……?


「それを聞いた時の俺は、『この兄ちゃん頭おかしいんじゃねえの』って全く信じてなかったけどなあ。言ってた通り、コイツは本当に大したもんだったよ」

「そっ、その人のこと、もう少し詳しく教えてくれませんか!?」


 カウンターに手をつき、身を乗り出して情報をせがんだ。

 激しく同意してしまう、その『頭おかしい』発言一つではまだまだ決め手にかける。その人が兄なのか否か、しかと見定めなければ。


「なんだ、まさか知り合いか? つっても……二十年以上は前だからなあ。俺がこーんなガキの頃だぜ?」


 『こーんな』といって、手ぶりで背丈を表す。おそらくウォルさんが十歳前後の頃ということだろう。

 具体的にどれ程の差かはわからずとも、時間の流れが違うのは確かだし。こっちの世界では二十年以上前だとしても、現実世界では一年や二年ほど前……という可能性も無いわけじゃない。


「その当時の年頃は、嬢ちゃんより少し上……四つか五つ上ぐらいか? ああ、そういえば嬢ちゃんみたいな綺麗な髪の色してたな」


 歳もだいたい一致する。そしてあの兄ならば、まず間違いなく私同様の金髪を選ぶだろう。


「この街ではほとんど遊んでた記憶しかねえなあ。俺みたいに暇してる奴を相手に、色んな遊びを教えてくれたよ。

 ここに来るまでに、遊んでる子供たちを見かけなかったか? あいつらがやってる遊びも、その兄ちゃんが教えてくれたものばかりなんだぜ」


 『鬼ごっこ』も……?

 兄はあれで意外と面倒見がいい。私が退屈そうにしてると、大抵暇つぶしに付き合ってくれるし。全く想像もつかない話なんかじゃない。

 確証は無い、けど――。


「昔は毎日が退屈で死にそうだったよ。あとなんつーか……殺伐としてたな。たぶん俺に限らず、街の連中全員が同じ気持ちだったと思う」


 いつの間にやら聞き耳を立てていた周りの人たちが、同調するように首を縦に振っている。

「つまらない日々の繰り返しだったよ」「遊びどころか人付き合いなんてもんもほっとんど無かったよな」「生活してくのに必要だから仕方なくって感じ」「あの野郎ろくなもんよこしやがらねえって毎日親父が愚痴ってたなぁ」……あまり良い思い出ではないのだろう、皆の不満が口調に現れている。


「今この街にここまでの活気があるのも、あの兄ちゃんの功績だと俺は思ってる。兄ちゃんが教えてくれた遊びの――『ゲーム』のお陰だ」


 自分たちを救ってくれた『英雄』。それがウォルさんの中の『冒険者』の像なのだろう。

 店の外で『冒険者さんか?』と聞いてきたウォルさん。あの時の目の輝きは、その冒険者との思い出の詰まった少年時代に想いを馳せてのことだったようだ。


「このトランプはな、兄ちゃんが最初に作ってくれた一対なんだ。それを俺に託してくれたんだよ……『トランプ布教隊長』、なんていう役職も一緒にな。

 だから俺も一役買ってるんだぜ? 布教隊長としての務めをしっかり果たしてやったからなあ」


「『トランプやろうぜ』って誰彼構わず絡みまくってたよな。鬱陶しいぐらいに」「の、割にはお前さん弱いよな」「お陰でタダで酒が飲み放題だからなあ。隊長様様だぜー?」


 からかう声が飛び、どっと笑いが溢れる。


「うるっせえよ!」


 そう怒鳴りつける口調に反して、ウォルさんの表情も笑顔だ。

 良い関係だ、とほっこりする。この酒場のマスターとして、日頃から愛ある弄られ方をされているのが、今のやり取りでもよーくわかった。


 ……それにしても――と、私は考えを巡らせる。

 その冒険者さんが、お兄ちゃんであると示す決定打はない。けど同時に、別人だと断定できる情報もない。

 そんな不確かな段階なのに、『お兄ちゃんらしいな』って思ってしまうのは……さすがに身内びいきが過ぎるのかな。

 ううむ。またどこかで、新たな情報が得られればいいのだけれど。


 ようやく笑いの渦が収まった頃、悪戯を思いついた子供のような表情で、ウォルさんが話しかけてくる。


「嬢ちゃんはタダでも酒は要らんだろうが……タダでウマい飯が食えるかどうかは、『コイツ』次第だぜ?」


「おっ、ぼちぼちやるかあ?」「嬢ちゃんの歓迎会だな」「いっちょ揉んでやるかね」「遊んでやるよ……きな、三下ども」


 一同がほぼ同時に席を立ち、凝り固まった体を解そうとしてか、各々が準備運動らしき行動を取り始める。

 なんだか皆様やる気満々といったご様子だ。きっとこれがこの酒場の日常なのだろう。……ただフラグめいた発言をしてる人がいるのが、すこぶるる気になってしょうがない。


「『欲しいものがあれば、ゲームで勝ち取れ』……この酒場の流儀、乗るかい?」


 それを聞いた私は、体をぶるぶるっと震わせる。言うに及ばないことだが、恐怖や不快による震えなどではなく……『武者震い』だ。

 まさかゲームの中でトランプをすることになろうとは、夢にも思わなかったけど。


 その流儀は、とっても――魅力的っ。


「乗ってやろーじゃありませんかっ!」

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