第二章

12. 再始『街へ』

 いつもの手順を踏み、私はゲームの――【ティファレシア】の世界へと降り立つ。

 優しい気配にいざなわれる、いつもの感覚。目を開けば広がる、いつもの風景。

 何一つ、変わってないように思えるのに。


 いつも居てくれた、あなただけが――いない。


(やっぱり……いない、よね……)


 でもそんな寂しさに浸るのは、ほんの少しだけ。悲しむ時間は、もう十二分にったから。


 これより目指す場所は。

 師匠がくれた、コンパスの示す先。

 師匠がくれた、アミュレットをぎゅっと握り締めて。

 師匠から託された、想いを抱いて。


 新たな一歩を、踏みだした――。




     ◇     ◇     ◇




「ふわぁぁぁぁ……!」


 初めて目にする、この世界の街。

 辿り着くまでに結構な距離を歩いたけれど、そんな疲れも一息に吹き飛んでしまう。


 控えめな高さの外壁越しに、落ち着いた茶褐色や黄土色を基調とした、木造りの家が並ぶ姿が見える。ゲームの世界であるような西洋風の、とっても好みで素敵な街並み。

 思わず瞳に星を浮かべ……もしかしたらハートすら浮かべて、感嘆の声を漏らした。


 こうして気軽に海外旅行気分が味わえるのも素晴らしい。VR万歳っ。


 さて、入口は……と、きょろきょろ辺りを見回す。程無くしてそれらしき門と、その付近を歩いている人影を見つけた。

 女性の……兵士さん、かな? 鎧こそ着てないものの、いかにも『街を守る人』って感じの風格漂う凛々しい制服姿だ。


(んん……コレが『通行証』としての効果もある……って、言ってたけど……)


 手のひらに乗せた、とってもシンプルな作りのコンパスをじっと見つめる。あんまり師匠のことを疑いたくはないけれど……うーん、ちょと不安。


(摘まみだされたりしたら、恨みますからね……!)


 意を決して歩き出す。……しかし緊張が表に出たのか、左手と左足が同時に出てしまっていた。

 それに全く気づくことなく女性の傍まで辿り着き、おずおずと声を掛ける。


「あの、すみません」

「……うん?」


 女性が振り返ると、私は僅かに目を見張った。

 凛々しい服装に反し、若くて柔らかい印象のお姉さんだった。こんな年頃の女の人が就く職業としては珍しいような気がする。

 お姉さんは最初こそ首を傾げるも、私の手にあるコンパスに気づくと……なぜか急に破顔はがんして、頭を撫でてきた。


「あぁ、お帰りなさい。外でのこと、ご家族にちゃーんとお話するんですよ?」

「……は、はい。ありがとう、ございます……お姉さん」


 ……う、うん? 確かに滞りなく街へ入れるみたい、だけど……。

 いったい何なんだろう……このコンパスは。


 まぁっ、そのことも含めて、街へ着いたらまずは情報収集だ。基本だと思うのです。

 情報が集まる定番の場所といえば……やっぱり、酒場かなぁ?

 とりあえずは広場まで行ってからと、そこまで続いてるであろう大通りをひた歩く。


 その道中に目にしたのは……休憩中らしきおじ様方、談笑する奥様方、なんだか良い雰囲気の男女が数組。皆が揃って朗らかに笑い、それらこそがこの街の表情を如実に表してるのだろう。

 子どもたちも、楽しそうに元気に走り回って――……って、あれっ?


(あの子たちがしてるの、って……もしかして……?)


 一人の子が他の子を走り追いかけて、タッチ。触られた側が今度は逆に追い回す立場になって……うん、間違いない。


 ――『鬼ごっこ』、だ。


 ふむん。そういう遊びは、世界共通なのかなぁ。



     ◇     ◇



 ………………。


 ぽかーんと間抜け面を晒して、目の前の建物を見上げる。

 中央広場から見えた、一番大きな建物。あれはなんだろうと思い、近づいただけだ。


 ――確かに『これ』を探してはいたよ? でもさぁ! こんなの私が知ってる『酒場』じゃないんだけど……っ!?


 他の建物のサイズの四、五倍はくだらないだろうか。我こそがこの街の主役だと言わんばかりに、過剰にその存在をアピールしてる。

 酒場ってふつー、もっとひっそりと慎ましく在るものじゃないの……? 一体全体この街はどうなってるですか。私の認識の方が間違ってるですか。


「――俺の酒場に何か用か?」


 背後から声を掛けられる。そりゃー奇妙な顔して立ち尽くす不審者がいたら、誰だってそうするよね。ごめんなさい。

 振り向いた先にいたのは、短く刈り上げた焦げ茶色の髪がさっぱりとした印象の、三十歳ぐらいの男性だった。

 『俺の酒場』……ということは、ここのマスターさんだろうか。


「んんー……? 見ない顔だな」


 お客さんの顔はほとんど把握しているご様子。顔をじろじろと見られ、いぶかしまれてしまう。

 別段隠すことでもないと思ったので、ここは正直に答えておこう。


「あ、えっと……この街には、ついさっき来たばかりで――」


 すると突然おじさんが、まるで少年のように目を輝かせて詰め寄ってきた。


「もしかして冒険者さんか!?」

「……(こくこく)」


 その変わり様に驚いてしまい、無言でただ頷く。


「ひっさびさだなあ、冒険者さんなんて! 俺はこの酒場でマスターやってる『ウォル』ってんだ。まあ立ち話もなんだ、詳しい話は中で! なっ!」

「は、はじめまし……っ、えとえと、わ、私はリリ……わわっ!?」


 こちらも挨拶しようとするも、強引に背中を押され店内へと拉致られる。


 ……えっ。これ、ひょっとしてマズい展開なんじゃぁ……?

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