08. 光明『空の青さ、雲の行方』
皆さま、ごきげんよう。
突然ですが、空を見上げるのって素敵だと思いませんか?
流れる雲の行方をのんびり眺めているだけで……心が洗われ、嫌なことも忘れられそうです。
今日も今日とて、見事な大の字に寝そべる姿が一つ。
◇ ◇
~~ CASE1:『名称』 ~~
『名称』……言葉には"心"が、"想い"が籠る。それはつまり――"力"になる。らしい。
「最初に魔法を発動させようとした時、何か叫びましたよね? そう、確か……『ふぁいあーぼーる』、と」
「う゛……っ」
苦い記憶が蘇る。名状しがたい『謎の物体X』を生み出してしまった、鮮烈なる魔法デビュー。
これは雲を眺めてても消せそうもない。今すぐに好きな魔法が一つマスターできるなら、私は迷わず『忘却魔法』を選ぶことだろう。
「恥じることではありませんよ。その発想に自ら至れたことは大変素晴らしいです」
「おぉー……? ふむ、ふむ。ほうほう。なるほどなるほどっ」
師匠の説明の都度に
ざっくり言うと……『ファイアーボール』のように、自分がイメージしやすい名をつけて声に出すことで、人によっては発動の助けとなることもあるそうな。
これは……苦い記憶を払拭するチャンスなのでは!
この数日、無為に寝転んでばかりいたわけではない(はずだ)。最初の頃よりは成長した(はずな)のだから。
そう、今こそ――!
「《ファイアーボール》っ!」
効果は――うん。
強いて言えば、深刻なレベルの自身への精神的ダメージが付与された。
格好つけてポーズ決めて、意気込んで技名を叫んで『しかし何も起こらなかった』――どころか『リリィは倒れた』とか何事よ!?
むしろ以前より退化してない……? いや、全く同じ物体が出てたらそれこそ立ち直れる自信なかったけど。
……やっぱり攻撃魔法より先に忘却魔法を取得するべきだろうか。私が恥ずか死ぬ前に。
◇
~~ CASE2:『触媒』 ~~
『触媒』……イメージをしやすくするための道具等々、だそうで。
"無"から生み出すより、"何か"を介した方が発動も容易になるとのこと。
「「――おおっ」」
二人の声がダブる。
これはなかなか私に合っていたのか、『小石を一回り大きくする』は雑作もなく成功した。
初めてとも言っていい成功の上に、師匠が珍しく褒めてくれたことに調子に乗ってしまい……私たちの背丈を上回る、元の質量の優に百倍は超えるだろう岩石を造り上げた。
この愚行により、人生における最大級の恐怖を味わうこととなる――。
「今は何事もなかったから良かったですけど……『徐々に慣らす』と、以前にお教えしましたよ、ねえ……? 不世出の逸材とも呼べるあなたが。過去他に類をみないほどに、未熟で、脆弱で、無能な、あなたが。いきなり、『コレ』を……?
限界を超えてみたかった? 自害をなさるおつもりで? なるほど命が要らないと仰る。……となれば、『コレ』はあなたへ叩きつければよろしいのでしょうか?」
そう言って師匠は、大の男が何人がかりでなら持ち上げられるんだろうってサイズの『
私は千切れてしまいそうな勢いで首を横に振りまくった。嫌な汗が止めどなく流れ、けたたましい警報音が脳内で鳴り続ける。過去類を見ないほどの緊急事態です、カタストロフィです。
この人が悪魔だと知っていたはずなのに……なぜ、私は……!
「も、もっと褒めてくれるかな、喜んでくれるかな~……って。その……つ、つい。……てへっ」
「……次に妙なことするようでしたら……『こう』ですから。――ねっ?」
先ほどから『コレ』扱いされている、私の自信作に師匠が手のひらをかざすと……『ぱぁんっ!』と瞬時に弾けてしまった。粉々に。跡形もなく。
……何が一番恐ろしいって。
ここまでずっと師匠は、この上なく綺麗な笑顔を、欠片も崩さなかったのですよ……。
人の笑顔って、こんなにも怖いものだったんだね……。
「まあ……触媒を利用した発動は悪くないようですし。それを知れたことを喜ぶべきでしょうか」
そう、一筋の光明が見えたのでした!
やり方が合ってなかっただけで、私にだってちゃーんと秘められた魔法の才があるはずなのです。ならばこそ、今日でこの空を眺めるだけの日常ともオサラバなのです。
さぁ、私の本気はここからだ――!
――『小石に火を
あぁ……空が青いなぁ……あはは、うふふ……。
◇ ◇
今は、その少し後。
「そうそう。忘れないうちに、これを渡しておきます」
「う~……?」
「とある冒険者が作成したものです。街への方角がわかる上、通行証としての効果もありますので、滞りなく街への出入りができますよ」
見た目は方位磁針……というより、長針一本だけの時計のように見えた。
きっとこれが指し示す方角に街があるのだろう。実にシンプルな作りでとても助かる。
「
ぐでーん。疲労がまだ抜けず、呂律も回らない。
それにしても――と腕を組み頬に手を当てて、苦慮しているご様子の師匠。
「他の冒険者の方々は……世界に降り立ってそう経たずに、各々自由に魔法を扱っていたものですが……」
はうあうあー。ほんっとーに手のかかるバカ弟子で申し訳ないです。
穴があったら入りたい。そこらへんに丁度よさげな穴があったら、このまま転がしてって埋めてくださっても結構です。
「――『他の……、冒険者』……?」
師匠が何かに気づいたように、はっとする。
「リリィ……あなた、もしかして――」
な、なんだろう? まーた何かやらかしちゃいましたか、私……?
びくびくと怯えて困惑するばかり。
「……私が初めて魔法を見せた時のことを覚えていますか?」
「あぁー。あの、綺麗な――」
花火みたいな、と続けようとして口ごもってしまった。さすがに『花火』は知らないだろうから。
「はい。あのように……『綺麗なもの』を発現させてみてくれませんか? 何にするかはお任せしますが、規則を付け加えさせて頂くなら――『ただ私を楽しませるつもりで』、です」
「……? はぁい、りょーかいですっ」
師匠の意図が判然としないけど、ひとまず了解して立ち上がった。
(しっかし……きれいなもの、かぁ……。んんー……。――あっ。前にテレビで見た、あれがいっかなぁ?)
腕を組んで天を仰ぎながら「うーん」と唸っていると、一つ思い浮かぶものがあった。
それは見た目が綺麗だったのはもちろんだけど、名前もカッコよかったから特別印象に残っていた。ゲームに登場する技名みたいだなぁ、って。
それは空気中の水蒸気が、気体から固体へ一気に変化――"昇華"して起こるものといっていた。
目を細めて虚空を睨み、傾注する。
そこに思い描くは……過去に目にした、厳寒の光景。空中に浮かぶ、無数の小さな氷の結晶。
その現象とは、『
「――《ダイヤモンド・ダスト》」
……辺りが、その色を変えた。
時折プリズムを通したかのようにカラフルに
私のイメージに感化されたのか、吐く息が白くなるほどの気温になり、地面も雪化粧されたようにほんのりと白く染まっていた。
まるでここだけが切り取られた世界のように。この辺り一帯だけを、冬へと変貌させてしまったようだった。
傍目には大成功、だ。しかし――
(まっ……、まままっ……!)
またやりすぎたー!? どうしよう怒られる……いや、『ぱぁんっ!』される!
どたばたと脳内会議の緊急招集です、思考を総動員させこの場を切り抜ける案を……!
「……素晴らしいですね」
その言葉は、この光景にだろうか。……よもや私の力にだろうか。
怒って、いない……? むしろおそらく、見蕩れてくれている。
「初めて見ました……。このような……。本当に、美しい……」
私も思わず見蕩れてしまう。
(――きれい……)
自画自賛――しているわけではなかった。
私の目は師匠に釘付けになっている。美しいと呟いた、その横顔に心が奪われ……目を離せずにいた。
――あなたの方が……よっぽど、美しいですよ。
恥ずかしげもなくそんな台詞が浮かんでしまう。どこのキザ男さんだと自らにツッコミを入れることすら忘れて。
やがてその熱っぽい視線に気づいたのか、ふと目が合った。どぎまぎとしてしまう私に、師匠が柔らかく微笑みかけてくる。
「なんとも……ありませんか? 頭痛などは?」
「あっ……は、はい。どこにも、なんとも……」
それどころか疲労感すら一切ない。初歩的な魔法でぶっ倒れる程度の者には、どう見ても許されざる規模だというのに……なぜだろう?
さっぱりわからない。けれど、わかっていないのは私だけのようだった。
師匠がその核心を突こうと口を開く。
「リリィはなぜ、『魔王』と戦おうと思ったのですか?」
「…………まおう?」
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