第4話 ペット

 チュンチュン


 ドゥアルテ村の朝は怪鳥の鳴き声も無ければ野獣の遠吠えも無い。可愛いらしい小鳥の鳴き声で始まる。

 今日も爽やかな朝だ。


「んーー。はぁ。なんとも良い日差しだ。今日は散歩でもして新しい野菜の苗でも見に行くか。」


 バタンッ!


 勢いよく扉が開きエリーが絆創膏だらけの顔を覗かせた。


「マルコ!おはよう!朝食の準備出来てるよ!」

「分かった、今行く……。」


(一晩でタメ口になるのかコイツは。全く、魔王時代では考えられん扱いだな。さて、どんな物を食わされることやら……。)


 静かで落ち着く朝が途端に騒がしくなった気がした。

 ベッドから起き上がりリビングへ向かうとコーヒーのいい香りが漂って来た。


「おはよう。コーヒーも入れてくれたのか、分かってるじゃないか。」

「結構減ってたからね!朝から飲むのかと思ってさ〜。キャラ的にブラックでしょ!?」

「残念。ミルクも頼む。」


 テーブルには朝食が並んでいる。


「なんだこのふやけたパンは!?ふざけているのか?どうしたらこんな物が出来上がる!?」


 想像通りとんでもないものが置いてあった。が、エリーはポカンとしてこちらを見ている。


「な、なんだその顔は。」

「フレンチトーストだよ?知らないの?食べて見なよ、美味しいから。」

「フレンチトースト?コレが正解の形なのか?」


(なんだそれは?パンはカリッと焼いたトーストにバターを塗るのが一番に決まっているだろう。)


 恐る恐る口に運ぶ。


「!?。こ、コレは!!」

「どう?」


(フワッとして甘くて……とにかく美味い!)


「な、中々イケるな。お前料理意外と出来るんだな。」

「えへへへ。私性格的に全く女の子らしくなれないから、料理だけでもと思ってさ!昔からシェフに無理言って教えてもらってたんだ〜。」

「良い心がけだな、ところでこのコーヒーいつもより美味いな。買ったのか?」

「私昨日来たばっかだよーそんな訳ないじゃん。淹れ方次第で全然違うんだよ!」


 同じコーヒーなのか。香りが段違いだ。


(それにしても意外だった。料理上手とは、ただのガサツな女かと思っていたが。それにズケズケと来てもそこまで嫌な気持ちにさせない、人懐っこさというかキャラクター性か。昨日考えていた嫁の条件に……いやいや!何を考えている!こんな泥臭い女!)


 変な考えに辿り着き焦る。コーヒーを飲んで落ち着かせ再びエリーの方を見る。


「やはりこのコーヒー美味いな……。」


 透き通る様な白い肌、クリッとして大きくエメラルドの瞳、縛った金色の髪が朝日で煌めく。


(ちゃんと見てなかったがよく見るとコイツ……。)


「おーい。どしたん?マールコー。」

「い、いや。何でもない!こんな事では株は上がらんぞ!かぼちゃ泥棒めが!」


 突然声をかけられ焦り、とりあえず適当に八つ当たりしておく。


「酷〜い!もうそれは謝ったじゃんか〜!」

「ふん。」

「まぁいいや、食べ終わったら洗うから下げといてね!ひと段落したら街を案内してよ。着替えてくる〜。」


 エリーは自分の部屋へと戻っていった。

 食べ終えた俺は自分で皿洗いしながら独り言を始める。


「はぁ。俺は何を考えようとしていたのだ。相手は人間、それも勇者だぞ。いや、それ以前にあんな無礼な奴!俺は過去最強、伝説の魔王だったサタンだぞ!あんな奴に心を動かされるなどあってはならん!コレは独り身が長いが故の気の迷いだ。アレはペットみたいなものだ!そうだ!アッハッハッハ!」


 一人で議論し自分を納得させると、ホッとして思わず笑いが出る。

 心配そうな顔をしてエリーが戻ってくる。


「大丈夫?なんか独り言ブツブツ言って急に笑い出したけど。なんか私変なもん入れたっけ?」

「いやいや何でもないぞ。料理美味かった!明日からも頼むなエリー!洗い物はして置いた!準備が終わり次第街に出るぞ!待っていろ!ハッハッハッハ!」


(そうだコイツが俺の嫁など有り得ん。愛玩動物みたいなもんだ、そりゃちょっと可愛らしくも見えるさ!)


「大丈夫か?あの人?本当に弟子入りして良かったんかな……。」



 俺は寝巻きから着替え外に出る準備を終えた。


「準備出来たぞー。村を案内してやる。付いて来い。」

「うーす。」


(本当にこんな緩いのが勇者なのか?未だに信じられん。)


 外に出るとメアリが庭先の花に水をやっていた。


「マルコさんお早う〜。あら!?その可愛らしい女の子は誰かしら?」

「あぁ、コレは……。」

「可愛らしいなんてそんな〜!おば様もお綺麗ですよ!美熟女ってやつですね!私はエリーって言います。昨日からこの村に来てマルコと一緒に住んでます!よろしくお願いします。」

「あらあら!美熟女だなんてそんな〜ただの熟女!おばさんよ〜。私はメアリ、よろしくねエリーちゃん!」


 早速仲良くなってしまった。恐るべしエリー。

 メアリは俺に近寄ってきて耳元で話しかけて来た。


「昨日来たのに早速連れ込むとは意外とやるわね〜。可愛いくて良い子じゃない。逃しちゃダメよ!コレで独り身脱却かしら?」


 なんだか楽しそうだ。


「いえ、コレはペットみたいなものなんで」

「へ?」

「あ、昨日の煮物美味しかった。それでは。おい!行くぞ。」

「はーい。またねーおばさまー。」

「またねーエリーちゃーん!」


 メアリに別れを告げ村の中心地に向かう。


「メアリさんて良い人だね〜。昨日夜中にあの家に魔人っぽい人が入ってくの見えたけど一緒に住んでるのかな?」

「多分それは旦那だ。子供も3人いる。」

「え!?本当に共存出来てるんだ!凄い!この村!世界全体がこうなれば平和になるのに。」

「まぁな。」

「これまで私達の国は和平を訴えていたのに魔族も、人間の他の国も聞く耳を持ってくれなかった……。なんでよ。」

「色々あるんだろう。」


 その聞く耳を持たなかったのは正に俺だ。幾度となく使者を突っ返し、魔族を率いて人間と戦争して来た俺には心が痛む。

 今までして来たことは間違っていたのだろうか。


 これまでの自分の行動を考えながら歩いているうちに店の集まる中心地に着いた。


「わ〜!思ったより店が結構あるんだね!」

「あぁ、必要な物はこの辺りに来ればだいたい揃う。とりあえず今はあの店に行くぞ。」


 壁に蔦の這った木造の小さな店に入る。

 中には木が、いや、木の様な体をした魔人がいた。


「いらっしゃい!ってマルコか。今日はどうした?って女!?おいおい遂にお前も彼女が出来たか!こりゃめでたい!」

「ようウッド。コイツはただの居候だ。それより新しい野菜を育てたくてな。今日はそれを見に来た。今から育てるのにちょうど良いのはあるか?」


 俺らが会話している間、エリーは店主をじっと見ていた。


「凄い!魔人がお店やってるんだ!私こんなふつうに魔人と会話するの初めてかも!」

「俺と喋ってるのはノーカンか?」

「マルコは何となく別なの。ねぇねぇ、私もなんか育てたい!なんかすっごいやつ!」

「はぁ、おいウッド。なんかあるか、素人でも育てられるやつ。」

「ハハハッ。あるぜ、簡単ですっげぇのが丁度昨日出来たんだ。」

「出来たって何?」

「ウッドは種や苗木さえあれば魔法で品種改良や掛け合わせが出来るんだ。」

「まぁ限界や制限はあるけどね。それよりコイツだ!」


 ウッドが奥からまだ小さい苗木を持ってきた。


「コレは?」

「聞いて驚くなよ。コイツは人間界に咲く桜ってのと、魔界に咲くサルメを掛け合わせたんだ。まだ咲かせたものを見たことは無いが美しい花を咲かせるに違いない!」


 余程の自信があるのだろう。ものすごい熱量で語ってくる。


「サルメって?」

「房状に美しい紫の小さな花を咲かせる木だ。それにしてもウッド、お前はいつもどっから苗木を仕入れてくるんだ?」

「それは企業秘密さ。俺しか知らない独自ルートがあるんでね。で、買うのかい?1万ガルドで売ってやるぞ。」

「高いな。違うのは無いか?」


 急に袖を引っ張られる。


「私これが良い!人間界と魔界の植物を掛け合わせたなんて素敵じゃない!?それに私桜好きよ!これにしよ!」

「いや、だがな……。」

「嬢ちゃんに免じて6千にまけてやるよ。どうだ?」

「分かったよ。コレをくれ。野菜は今回は諦めるさ。」

「ごめんね?ありがとう!ねぇ、このお花はなんて名前なの?」

「まだ決めてないんだ。良かったら嬢ちゃんが付けてくれないか?」

「え!?いいの?じゃーピース!ピースフラワー! 」


 平和の花か。この女らしい単純な名付け方だ。


「オッケー!じゃあこのピースフラワー大切に育ててくれよ!」

「うん!」


 俺たちは店を後にしピースフラワーを手に家路に着く。

 帰ったらみっちり修行だ。

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