第2話 号泣

「ん〜。ん?」


 眼が覚めるとベッドの上にいた。

 頭がぼ〜っとしてイマイチ状況が分からない。分かることはこのベッドは気持ちが良くていい匂いがする。


「起きたか。」


 男の声がしてこちらに近づいてくるのがぼんやり見えた。

 まぁとりあえず二度寝開始。


「寝るな起きろ!」

「もうちょっと〜。」

「はぁ……。おい!とりあえずコレを飲め。」


 胸ぐらを掴まれ引き起こされると、コップを差し出された。


「なにぃこれぇ……zZZ。」

「寝るな!裏山に生えるカレヌというフルーツのジュースだ。眼が覚める。」


 私はコップを受け取り一口飲んでみると、柑橘系の爽やかな香りと強い酸味が駆け抜け脳を覚醒させる。

 だんだん思い出して来た。

 山で遭難して死ぬかと思った時、かぼちゃ畑を見つけ空腹のあまり食べてたら魔人が来たんだったっけ。

 改めて男の方を見る。ツノ、の目、髪に真っ黒な羽。


(コイツだ。そうだ、私はコイツに斬りかかって殴られて……負けたのか。)


 そこでようやく自分があっさり負けた事を思い出す。

 負けを自覚した途端涙が溢れ出して来た。


「わ、私はま、負け……うえぇーーーーーーん!!!」

「!!? お、おい!どうした!?」

「ぎゃーーーーーーーうぇーーーーん!!!」

「良いから泣きやめ、頼む!近所にきこえるだろ!」


 魔人が焦ってる。でも関係ない。

 父ちゃんが言ってた。泣きたい時は泣けって、泣いて泣いて発散すればスッキリするって。


(私は魔族に負けちゃいけない。一度だって負けちゃいけなかったんだ!!なのに……。)



 私、エリー・カステアはカステア王家の次女として産まれた。

 カステア王家は古くから魔を祓う宝剣ディケーを所有しており、その宝剣は選ばれし者しか手にする事が出来無い。他のものが持つと巨大な岩の様に重く感じるんだそうだ。

 手にした者は勇者と呼ばれ世界の救世主として持て囃され、それと同時に平和を守る使命を課せられてしまう。

 私の父ちゃんは勇者だった。だったというのは、もう違うから、もうその資格が無いからだ。

 忘れもしないあの日、父ちゃんが勇者の資格を失い、私が勇者になった日の事だ。



「さて、行くか。」

「この国の王はあなたしか居ないんですから。無事で帰って来て下さいね。」


 父ちゃんことザルム王は5度目の魔界遠征に出ようとしていた。


「大丈夫。5度も無事に帰ってこれたんだ。今回も大丈夫さ。安心して待っていなさい。」

「勿論ですとも、この国の王はあなたしか居ないんですから。すぐに帰ってきてくださいね。」


 そう言い王と王妃は抱きしめ合い口づけを交わした。


「それにしてもあの子達も今日くらい早起きして見送れば良いのに。」

「なぁに構わんさ、行ってくるよ。」

「行ってらっしゃい。」


 もう一度軽く口づけを交わす。

 私、エリーと姉のアンナはその様子を王室の窓から見ていた。ここからだと遠くまで姿が良く見えるのだ。


「全く。ちゃんと見送ってるっつーの。毎回あんなラブラブされて出ていけるかっての。ねぇー姉ぇちゃん!」

「そうね。こういう時くらい二人きりにさせてあげたいわよね。それともうちょっと王族らしい言葉使いは出来ないの?」

「私はこれでいーの!……ん?」


 その時見覚えのある剣が壁に立てかけてあるのが目に入った。


「ねぇねぇ。あれディケーじゃないの?」

「あら本当!お父様ったら間違えて違う剣を差して行ってしまわれたのかしら?」

「ったく世話の焼けるとうちゃんだ。持ってってやるか〜。」

「無理よ。アレはお父様しか……!!え、エリー!!」


 急に滅多に出すことのない大声を上げたアンナに驚き私は目をパチクリさせた。


 ガチャ


 丁度その時、いつの間にか引き返して来ていた王が入ってきた。


「こんな所にいたのかお前たち。かぁさんが探していたぞ。」

「あ、あぁ父ちゃん!はい!コレ!大事な剣忘れてたぞ〜。コレ取りに来たんだろ?」

「おう。そうだった。私としたことが宝剣を忘れるとは。」


 宝剣エリスを手渡そうとする。しかし王は何かに気付いた途端固まって動かなくなってしまった。


「エリー……お前重くないのか?」


 とうちゃんが驚きと戸惑いとが入り混じった様な顔でこちらを見ている。

 アンナはさっき大声を出してからというものポカンと口を開けたまま固まってしまっている。

 普段しっかり者の2人のこんな顔見たことがない。なんだか可笑しくなってきた。


「あははは!何だよその顔!らしくないなぁ〜!」


 その時ふと、父ちゃんから出た重くないのか?という疑問が蘇って来た。


(……あれ?そう言えばこの剣て……選ばれし者がどうこうとかって。)


 事の重大さが見えてきた。


「えーーーーーーーーー!!!!!こ、これレプリカだよね!?ね!?」

「いや、本物の筈だ。」


 王は剣をエリーの手から受け取った。しかし、その瞬間王はいきなり剣を落としてしまった。


「なっ!!!ば、馬鹿な。コレは……。」

「ど、どうしたのさ!手を滑らすなんでらしくないなぁ〜もう。」


 何故か冷や汗が止まらない。嫌な可能性が浮かんできた。


「私にはもう持てないようだ。重くてこれでは戦えん。」

「エリー。おそらくエリスはもうお父様の手を離れ、貴女を選んだのよ。」


 アンナがようやく口を動かしたかと思えばとんでもない事を口にした。王も厳しい顔で頷いている。


「エリー、お前がこれから人類の道標になるんだ。」

「ま、待ってよ。私無理だよ!そりゃ喧嘩じゃその辺の男子には負けない自信はあるけど、相手は魔物だよ!?剣も握った事ないし、道標なんて言われても。私まだ18の女の子だよ!?」

「これが剣の定めた運命なんだ。私ではダメなのだ。受け入れておくれ。」

「えー……。」

「では行ってくる。」

「え?どこに?」

「魔王討伐に決まっているだろう。」

「この剣は!?」

「使えぬのなら仕方が無い。別の剣で戦うさ。もし私に何かあった時は次はお前の戦う番だ。世界の平和を頼んだぞ。」


 そう言い残し、宝剣を持たない勇者は旅立って行った。

 それから私は毎日朝から晩まで剣の稽古に打ち込んでいた。戦いの準備の為では無い、こうでもしていないと不安で頭がいっぱいになってしまうのだ。


 そして2年の歳月が過ぎ、王からの連絡は途絶え1年が経っていた。

 そして私は勇者として部隊を率い旅立つ事になる。


「さーて!行くとするか!きっと父ちゃんもどっかで生きてるよ!すぐ連れて帰ってくるから心配しないで!」

「気を付けてね」

「エリー……行ってらっしゃい。お父様と世界をよろしくね」

「うん!父ちゃんとの約束だから。絶対平和な世界にしてみせる。行って来まーす!」


 私は元気に旅立った。しかし、一ヶ月後魔物の軍勢と鉢合って争いになり敗戦。

 私は部隊とはぐれ山で遭難。

 そして今、魔人の家のベッドの上で号泣している。


 ずっと泣いている私にしびれを切らし魔人が怒り出した。


「いい加減泣き止め!!どうしたと言うのだ」

「だ、だって!こんな所で負けるなんて……やっぱり私じゃダメだったんだぁ!父ちゃんごめーーん!!あーーー!」

「ったく。よく分からんが、これから強くなれば良いだろう。相手が俺では負けても仕方が無い事だ。良いから泣き止め。」


(コイツはこれで慰めているつもりなのだろうか? それにしてもこの魔人の強さは異常だったなぁ。)


 そこで私は勇者としては前代未聞の考えが浮かんでしまった。だが、これしか道がない事も直感的に感じた。

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