ピースフラワー
花山パンダ
第1話 隠居
25歳の時に魔界を統一して100年、その後人間界に手を出し始め60年。世界の80%を支配していた。
しかし、俺は戦いに疲れていた。
「おい、ツノ磨きはもう良い。ベルゼに話がある。話が終わるまで誰もこの部屋に入れるでないぞ。」
「はい。了解いたしました。」
私のツノ磨きをさせていた女中に仕事を中断させ、ベルゼを呼ぶように命じた。
ベルゼが来るまでの間壁に掛かっている絵を眺める。
魔人と人間の屍の上で拳を上げ雄叫びを上げている魔人の絵だ。
真っ赤な二本のツノに銀色の短髪、赤い目に鋭い歯、そして真っ黒な羽に胸に大きな十字の傷。絵の下には『魔王サタン』と書かれている。
人間界を半分占領した時の記念に俺を描かせた絵だ。俺のこれまでの歴史が詰まっている。
その絵を懐かしげに眺める。
「サタン様、失礼いたします。ベルゼです。」
「おう、来たか。」
眼鏡を掛け真っ黒なスーツを身に纏い四枚の羽をしっかりと畳んでベルゼがやって来た。
俺が魔界を統一し、少したった頃から使え始めた今となっては最古参の側近だ。
最も信頼出来る部下の一人である。
「何か御用でございましょうか?」
「……俺は疲れた。」
「はい?」
「もう、争いに疲れたんだ。正直もう昔程の野心も持ち合わせていない。」
俺の発言に一瞬固まった後焦ったようにベルゼは口を開いた。
「唐突に何を、王でありながら前線に立ち誰よりも敵を討ち取ってきたあなた様が……。冗談でもあまりそのような事口外せぬようお願い致します。兵士の士気に関わります。」
「だからお前にだけ言っておるのだ。」
「はぁ……。サタン様はいつも急でございますね。それで私にどうしろと?」
「お前が魔王になれ。」
「はい?」
「俺は魔王を辞める。だが俺には後継がいない。お前になら任せられるからな。頼んだ。俺は隠居する。」
俺はまとめていた荷物を抱え王室を出ようと歩き出す。
「お、お待ち下さい!ここまで王国が大きくなったのはサタン様のカリスマ性と他に追随を許さないほどの魔力と膂力の成せた技!正にこれからサタン様のお力が必要になります!」
「すまんなベルゼ。俺はもうやる気が出んのだ。お前には俺には無い智力と創造性がある。お前なら大丈夫だ。」
俺はベルゼの制止を振り切り窓から城の外へと飛び出した。
後ろの方からベルゼが追いかけようとしてくるのを感じ全速力で逃げた。全力の俺に追いつけるものなどいないだろう。
それからというもの、行くあてがない俺は軽い変装をし隠居に相応しい場所を探し求め色々な街を渡り歩いた。
しかし、約9年ほど経った頃手持ちの資金が尽きてしまった。
「さて、どうしたものか……。」
荒野のど真ん中適当な岩に腰掛けボーッと悩む。金のことで悩むなどいつぶりだろうか、困っているはずなのになんだか楽しくもある。
「おい!貴様!ただの魔人ではないな?ひょっとして魔王城の場所を知ってはいないだろうな?」
空を見上げ黄昏ている俺に、武装した軍隊らしき人間達が突然荒々しく話しかけて来た。
人がしみじみしている時に無粋な奴だ。少しムッとし睨みつけると焦ったように武器を構えて来た。
「おい、やめろ。私達は無駄に殺生をするべきでは無い。」
「し、しかしザルム様……。」
(なんだコイツら?こんなところに人間?なかなかの装備だな。……ツいてるぜ。)
「魔王城なら知っているぞ。俺を倒せたら教えてやる。お前らに出来るとは思わんがな。」
血の気の多そうな奴を刺激すると案の定乗ってきた。
「貴様ぁ!!!」
「やめろと言っている!くっ、仕方が無い……」
さて、開戦だ。
ザルムとか呼ばれているリーダーっぽいやつには少々手こずったが、問題なく一団を蹴散らし金目のものを鎧や剣等金目の物を拝借することにした。
「この俺が追い剥ぎの真似事とはな。ありがたく貰って行く。命まではとらん達者でな。」
そしてその1年後、俺は魔界の外れの村ドゥアルテにその身分を隠し一人ゆったりと暮らしている。
ようやく行き着いたこの村は、元々田舎出身の俺には居心地が良い。
財宝に囲まれ、女にを両手に抱え周りにチヤホヤされる生活も悪く無いが、やはり自然に囲まれたこの環境が俺には合う様だ。
ここには戦火も届かず実に平和だ。
野心に燃えて田舎を出て行った頃が懐かしい、若かったなぁ。なんだかんだ平穏が一番だ。
もう長寿薬も飲まん、後は寿命までここで余生を全うするつもりだ。
唯一の心残りがあるとすれば生涯を共にするパートナーに出会えなかった事くらいだろうか。
でもそれもまぁドゥアルテの村の人々がいれば気にならん。
ちなみに先程言った長寿薬とは、巨人の血、竜族の鱗、人魚の髪の毛を80年煮込む事で作られる。若さを取り戻し寿命を延ばす薬だ。
私の種族の寿命は人間とあまり変わらない。しかし、その薬のおかげで200年近く生きてきたが見た目は25歳の頃のままだ。
幸い俺は現役時代外に出る時は仮面を付けていたし、この若さのお陰で身バレすること無く生活している。
コンコンッ
「はい。」
ドアを開けると、向かいに住むおばさんが立っていた。人間だ。
「どーも〜マルコさん。すみませんねぇ、急に。煮物作りすぎちゃってたのよ。もしよかったら食べて下さらない?」
マルコは俺の偽名だ。故郷にいた頃の親友の名だ。
「おう!ありがたく貰おう。いつもすまんな。」
「良いのよぉ〜。男の一人暮らしは大変でしょう?困ったことがあったらなんでも言いなさいね。」
おばさんの名はメアリ。獣人と結婚して3人の子をもうけている。
この世界では極めて異例な事だが、この村に於いては珍しい事では無いらしい。
人間と魔族が共存しているのだ。こんな事国が認めるわけが無い。
勿論私が現役時代も把握していなかった事である。
この村は海に面した一部分以外は巨大で危険な山岳地帯に囲まれ、山越えは困難。唯一海に面している場所は渦潮が酷く近寄ることもできない。
故に誰も調査を行わず、必要もないと判断した放置された土地だ。
どうやら、山で遭難した魔族や、海から流れ着いた人間達が形成した村らしかった。その為、余所者の俺が突然やって来て住み着いたところで誰も嫌な顔をしない。
俺は誰も寄り付かない土地だからこそ隠居の場所に選んだのだが、村を見つけた時、更には人間と仲良く暮らしている様を見た時はさすがに驚いた。
だが、俺は隠居を決め戦いからも政治からも引いた身。彼らをどうこう言うつもりはなかった。
むしろ、種族間の醜い争いもなく気に入って来たくらいだった。
何故あんなにも人間という種族を憎んでいたのか今となっては不思議だ。
「それにしてもこの煮物はいつ食べても美味い。やはり嫁にするなら料理上手に限るな。そして人懐っこくて元気な可愛子ちゃんならなお良しだ。」
独り言で理想の嫁像を考えながらメアリから貰った煮物を平らげた。
そして日課の畑の様子を見に行く
(俺も丸くなったものだ、近所の人と談笑し料理を貰い、畑仕事まで始めるとはな。)
そんな事を考え、またそれに幸せを感じている自分に思わず笑ってしまう。
ガツガツッ
畑の方から何やら物音が聞こえる。
(なんだ?知能の低い魔獣でも山から降りて来たか?)
足音を潜め静かに近づく。
戦線を離れ時間が経ったとはいえこれでも歴戦の元魔王だ。無音で動くことなど造作も無い。
畑を見ると丹精込めて作ったかぼちゃが何者かに食い荒らされている。
もう一度言おう丹精込めて作ったかぼちゃだ。我が子同然なのだ。
怒りが込み上げてくる。
ガツガツッ
まだ音がする。周りを見渡すと直ぐに音の主が目に入った。
「むしゃむしゃガツガツッぱぁっ。ゲップゥ。ふぅ。あーーー美味しかった〜〜!! 」
人間の女だ。いや、言い直そう。下品な人間の女がいた。
「き、貴様ぁーーーー!!!」
「へ?あ、すみません!ご馳走様です!」
「遺言はそれで十分かぁ?おい?」
「いや、あの、って魔人!?人間がいたからてっきり人間の村かと……じゃなくて待ってください!魔人相手と言えどあまり戦いたく無いんです!」
「黙れ、畑を食い荒らすゴキブリ風情がペラペラと。叩き潰してくれる!」
「嫌だなぁ〜人間ですよ〜。それにそれを言ったらあなたの方がゴキブリっぽいですよ?黒くて。」
「殺す!!」
「わわわっ!やるしか無いみたいですね!」
女が剣を構える。その姿はこれまでの態度とは打って変わってどこか気品を感じた。
(あの剣どこかで……。まぁ良い。)
「やぁー!!先手必勝!!」
一気に距離を詰め剣を振り上げて来た。
が、刃が俺の体に振り下ろされるより早く拳が女の顔にめり込む。
「ぶへぇっ!!!」
女が吹っ飛ぶ。山肌にめり込む。勝利。
呆気なさすぎでそれ以上ヤル気が削がれてしまった。
「構えた時は中々やると思ったんだがな……なんなんだコイツは。」
(……とりあえず、ウチまで連れて帰るか。目覚めた時にまた食い荒らされては堪らん。)
ピクリとも動かない女を背負い家まで帰ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます