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仕事の関係でジェフと組むことが多くなった。
なんという矛盾——我がプロジェト・チームの成果は、地球外生物の可能性をどんどん下方修正することとなり、予算削減のターゲットとなった。迷信に近い事例を科学的に調査した大いなる成果がこれだ。マースディスカバリー以来の壮大な計画にわくジェフのチームの補佐に回るのも仕方がなかった。
——宇宙のどこかに月虹はいる。
それが友人たちだけではなく、科学的にも否定されるかと思うと、辛かった。
「俺はどこかにいると思うぞ」
にやにやしながら言うジェフは、とても不実な男に見えた。彼は、白人とは思えないほど日焼けて黒く、黒髪で目も黒く、眉が太い。イギリス風な名前だけど、イタリア人の血をひいているとの噂だ。イタリア男は女を口説くのが当然なのだそうだ。
でも、ここでジェフといざこざを起こし、他のメンバーのようにまったく違う部署に配属されたらたいへんだ。もう、月虹を探せなくなる。
「火星の丘の話を信じていないだろ?」
突然、ジェフが言った。信じているわけがないだろう。
「嘘じゃない。俺は本当に夢じゃないと思った。あの年は、火星が地球に大接近した。だから俺は自宅近くの丘に登って毎晩火星を見ていたんだ」
そういうと、ジェフは私に小さなメモリーカードを差し出した。
「気が向いたら見てみろよ。俺がシミュレーションした火星の夜空だ。火星だったら、地球より外にあるから、地球外生物探査には適しているかもしれないぞ?」
「私に火星行きを勧めているつもり?」
うんざりしながら、私はそれでもメモリーカードを受け取った。
最近は、月虹に母性本能をくすぐられることもある。
私がパソコンで仕事をしていると、月虹は飽きてしまうのかソファーで寝てしまったりする。
十年以上の付き合いになると、会話がなくてもお互いが側にいると思えばそれでいい、と思うものらしい。私は、ごめんと耳元でささやいて、毛布をかけてあげる。
月虹は少年だった。
白い髪と皮膚、赤い目。細い腕。月の光で浮かび上がる、かすかな虹のようなはかない存在。
今はがっしりとした体躯を持つジェフも、火星の丘に立っていたときは、このような少年だったのだろうか?
静かな異星の夜、成果の上がらない仕事にため息をつき、肩を叩く。
なにげにジェフのメモリーカードを見ようと思った。
パソコンがカードを読み取る音を立てた。
私は素晴らしさに思わずうなった。長年宇宙の研究をしてきたが、同じ宇宙でも専門外となると疎い。
火星から見る夜空は、地球のそれとはなんと違うことだろう。火星は二つの月をもつ惑星だ。大気が希薄なので、地平線まで星が見える。
ジェフは、火星の赤い砂まで再現し、大地に沈む一等星・地球の映像まで作り上げていた。
——これが地球。
夜空の星に紛れ込む、明るいひとつの星に過ぎない。
その時、私に何かがひらめいた。
私はあわてて立ち上がると、赤い丘に意識を飛ばした。そのとたん、私は赤い丘の上にいた。
私はじっと地平線をみつめていた。
すると。
上がってきた! 青く輝く一等星が!
——地球!
私は躍り上がった。
なんと遠くを見すぎていたのだろう? ここは、地球の隣なのだ。
ここは、火星だ!
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