「ユウコ、ジェフの今の言葉、聞いた?」

「いいえ」

「あなたのこと、ベッドの中でも論文を書いているって! ひどいわ」


 地球外生物研究のプロジェクトに参加して半年。

 だいぶ使い慣れたとはいえ、英語は集中して聞かないと、時々理解不能になる。背後の雑談など、ただの雑音だ。

 しかも、ジェフリー・スコットのような遊び人の言葉など、理解したくもない。

 そいつは食堂の片隅で、私と目が合うとウィンクした。

 私は無視して同僚に言った。


「ベッドの中でなんて書いていない。でも、夢の中でなら書いているわ」



 アメリカに渡ったら、押入れがない。

 渡米のチャンスが来た時、私を悩ませたのは、それだけだ。


「押入れ? それは手段だよ。夢なんか見ようと思えばどこでも見ることができる」


 月虹は、私の進む道をいつも応援してくれる。

 でも、夢は夢だとわりきるべきだとも……。だから、私の目的が月虹を見つけることだなんて、彼は知らない。

 十二時間にも及ぶ飛行機の旅で、私はこんこんと眠りつづけ、月虹の夢を見つづけた。

 彼の肩に寄りかかって、地球の上を日付も越えて飛んでいった。


 アメリカに渡っても、私と月虹の関係はかわらない。

 かわったとすれば、つい挨拶代わりにキスしてしまうこととか、夢の中の部屋にパソコンを持ち込んだこととか。

 部屋はもう私色だけに染まってはいない。

 好きなものだけ雑多に集まった部屋は、整然とした落ち着いた空間に変わっていた。月虹が気に入って飛行機の模型を置いたほかは、あのパズルがあるぐらいで、飾りは少ない。観葉植物は置いているが、ハーブはなくなった。



 ジェフに月虹の話をしたのは失敗だった。

 どうしても人見知りしてしまう私に、彼はフレンドリーに話しかけてきたので、つい油断した。


「まだ、小さな頃だ。火星の丘に立っている夢を毎晩見た。それがとてもファンタスティックだったから、俺はこの道を選んだんだ」


 ジェフは、五年後の火星移住プロジェクトに志願している。

 そんな話を聞いて、つい自分と重ねてしまい、月虹の話をしてしまったのだ。

 あとから「それは彼が女を引っ掛けるための話術なんだ」と人から聞き、男性に対してあまりに免疫のない自分に腹が立った。



 乾ききった平原に設置された巨大な電波望遠鏡。私の仕事は、この大きな耳がキャッチした宇宙からの波をコンピューターにかけて分析すること。

 いろいろな波長の波を見ているうちに、私は赤い丘の上から想いを飛ばしたという月虹のことを考えている。

 もしも想いが思念波という波となって、望遠鏡で受け止められるなら、と思う。


 地球のように恵まれた星はない。太陽と地球のバランスは微妙だ。銀河系を探しても、今、惑星系を形成しているところは指で数えられる数しか発見されていない。

 しかもまだ燃えたぎる原始の惑星系ばかりで、人が住めるような星は見つからない。この太陽系でさえ、地球より太陽に近い金星は熱砂の星で、遠い火星は冷たい砂漠の星だ。

 宇宙の広さからしたら、ほんの少しの差なのに、物理という名の神様はとてもきびしい。

 人類は、その火星にすらフロンティアを開こうとしてはいるのだが。



 夢の中で論文を書く……とまではいかないが、パソコンに向かっているのは本当だ。時々、夢と研究室のパソコンが繋がっていたらいいのに、と思う。

 ジェフが、「私がベッドの中で……」といったのは、私がよく寝てばかりのわりに、優秀だということへのブラック・ジョークだ。


「つめすぎだよ」

「つめてないよ」


 月虹が出してくれたハーブティーを飲みながら、私は窓から星空を見る。

 ハーブの香りがほのかに懐かしい。

 私はすっかり大人になった。趣味も嗜好も変わってしまった。

 でも、夢の中の月虹は変わることがない。いつもそのまま。おそらく、誰かが私たちを見たら、姉と弟と思うだろう。

 でも、私たちは恋人だ。

 私が夢を見る限り、月虹はいつもそこにいる。

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