2
よくある夢のひとつに過ぎない。私も初めはそう思った。
でも、押入れで寝込むたびに同じ夢を見るようになったら、これは夢でも夢じゃないと思いはじめた。
次の夢からは、私は砂地に立つこともなく、いきなり月虹の前に飛んでいた。
白い壁の、あまりにシンプルなマンションの一室みたいなところ。テーブルひとつに椅子ひとつ。遊び心のひとつも感じられない。私はあきれて、一言つぶやいた。
「さびしいわね」
「さびしいから、友達を呼んだんだよ」
顔がゆがんでしまう。いつのまにか友達にされている。
マンガや小説なら、月虹は美しい描写になるかもしれない。でも、白い髪と赤い目という彼の容姿は、正直言って不気味にさえ思う。
「私、あなたのこと、知らない」
「僕も知らない。でも、僕が呼んだら来てくれたから友達なんだ」
そういうと、彼はいきなりボードを持ってきて、そこに不思議な文字を書いた。まったく読めない古代文字のようだった。
「僕の名前だ。
「私、
名乗りながらも、私はいぶかしんだ。きっとたぶん、「げっこう」なんていう音ではないにちがいない。見知らぬ言葉が翻訳されて、一番近い意味に置き換わっているのだ。
その証拠に、私の名を聞いて、彼は疑いもない笑顔をみせた。
「優しい人なんだ……」
私、優しくなんかない。
そんな似合わない名前を付けた母が嫌い。優等生扱いする担任が嫌い。
「どうせ優子は頭が良くて……」
そんな言葉で私を言い尽くす学友も嫌い。
期末テストを半分白紙で出したら、急に同情してみんな友達の顔をする。成績が同じだと仲間扱いしてくれたりする。
母はがみがみと「あぁ、そんなんじゃ、志望高校に入れない」と説教だ。
だから、私はうんざりして、押入れにこもり、月虹に会いに行く。
「優子は、大勢の人の中で暮らしているんだ。うらやましいな」
たった一つの椅子に私が座り、月虹は壁に寄りかかったまま、遠い目をしてつぶやいた。
「うるさくて嫌い。私、ひとりのほうがいい」
「ひとりはさびしいよ」
そういえば、月虹の夢には、他に誰も人がでてこない。人のけはいすらもない。白い壁の部屋に、ただ、ぽつんと一人、いるだけだ。
「誰も……いないの?」
「優子がいるよ」
そういって、とびっきりうれしそうな顔をするので、私はなんだか後ろめたくなった。
成績が落ちたら先生が冷たくなった。
職員室に呼び出されて小言を言われたが、私のためだなんて思えない。
「がんばらなきゃな、今が正念場だぞ。このままズルズル……っていう生徒を、先生は何人も見てきているぞ」
学友も同情したのは最初だけ、いつのまにかノートを貸してとねだる子もいなくなった。
みんながじゃれあい、歩く中を、私は一人でとぼとぼ歩く。
歩道、信号、自動車、生徒たち……。私のまわりはたくさんの色で埋め尽くされているけれど、白けて見える。そう、月虹のいる部屋と同じ色。
文房具店の店先に、星座図のジグソー。赤い砂漠で見た夜空を思い出す。
さびしい……。
さびしいから、私は月虹に会いに行く。
その日、月虹は何もいわずに、ただニコニコ笑っていた。
「なによ、気持ち悪い」
会いたくてしかたがなかったくせに、私はいつも冷静さを装ってしまう。
何もいわないままに、月虹は後に隠していたものを出す。それは黒っぽい紙の箱で、日本語と英語で文字がかかれていた。
「パズル?」
「そう、優子が見ていたから……」
白い床に黒いピースがばらまかれた。その中に色とりどりの星が散らばっている。月虹は、ひとつずつ表に返して、組み合わせようとした。
「だめ、まずは形ごとにわけなくちゃ!」
私は、ピースを分類し始めた。月虹は、それを見て同じ作業をしながら、驚嘆の声を上げた。
「優子ってすごいや」
その言葉が、学友たちの言葉と重なり、私は急に悲しくなった。
「私、すごくなんかない……。私だって……普通だもん……」
なぜか涙が出てきた。パズルが歪んで揺れて見える。
「優子、どうしたの? なぜ泣くの?」
不思議そうに月虹が私の顔を覗き込む。
どうして?
どうして泣くのだろう? 私。
そこで夢は覚めてしまった。
それからしばらく私は押入れに入らなかった。
泣いてしまったことで、月虹に会うのが恥ずかしい。きっとたぶん、月虹の前では、いつも我慢していることが噴出してしまうのだ。
でも、喉元を過ぎれば、とでもいうのだろうか?
三週間も過ぎると、私は月虹に会いたくなった。
まだ、夢は見ることができるのだろうか? ドキドキしながら押入れに入る。
そして……。
夢を見ることができた。月虹は、私を見るなり抱きしめた。
驚いたやら、息がつまるやら。胸が……ドキドキするやらで、私は目を白黒させた。
壁に星座図がかかっていた。
私がいない間に完成させたようだ。
「願ををかけたんだ。これができたら優子がまた来てくれるって。でも、ワンピース無くしてしまって、無理かと思った」
確かにひとつ、黄道上みずがめ座のあたりが欠けていた。
「もう呼んでも来てくれないのかと思って、必死に探したけれど、見つからなかった」
泣いたのは月虹のせいではないのに……。
私は少し反省した。
月虹は、私を丘の上に連れ出した。
ごつごつとした岩と赤っぽい土で、さびしいだけの風景だった。星だけが降るように夜空に広がっていたが、星座図のようにはたどれなかった。
別の星にいるみたいだ……と、私は感じた。
「ここに立って、精神集中して、百五十億光年彼方まで、友達がほしいって、呼びかけた。はじめて応えた人は、友達じゃなかった。次に来てくれた子は、何度かこの丘に立ってくれたけれど、いつか会おうと言ったきりだった」
星は夜空の闇を照らしはしない。宇宙はどこまでいっても底が見えない暗闇だ。
そんな中に自分の想いを飛ばすなんて、とても怖いことに思われた。
「私だけが応えたの?」
「僕のもとまで来てくれたのは優子だけだよ」
そのわけがわかる気がする。
私と月虹は同じだから……。
同じようにさびしい人間だから。
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