第30話 最終話。積年の想いを……

 二人はその後、複数のアトラクションに乗って楽しい時間を過ごした。

 だが、アトラクションに乗れば乗るだけ時間は過ぎるもの。……空は暗くなり、デートは終わりを迎えようとしていた。


「うわ、もうこんな時間かよ……。乗れてあと一つってところか……」

「楽しい時間って、こんなに早いんだね……」

「俺とのデートを楽しいって思ってくれてたんだな」

「当たり前だよ……。カズマはどうなの?」

「そりゃあ、俺も楽しいよ。だからこんな時間になっててびっくりしたんだ」

「そっか……。それは良かった」


 嬉しい気持ちが芽生える反面、悲しい気持ちも芽生えてくる。それはもうこのデートが終わるから……。

 その感情が表に出る紬を見て、和馬は疑問を投げ掛ける。


「なんか元気無くないか?」

「す、少し疲れたからかな。カズマがわたしをお化け屋敷に連れて行ったから」

 実際の話、元気のない理由は疲れたからではない。

 もう、カズマをのデートに誘える口実はない。ないからこそ、並ならぬ悲しみが襲っているのだ。


「あれは紬が怖くないって言ったからだろ」

「カズマ分かってたじゃん……。わたしが見栄を張ってたって……」

「悪い悪い」

「それに、胸も触られた……有罪」

 胸を両腕で多いながら、ジト目で和馬に視線を送る紬。そんな様子でさえも絵になってしまう。


「いや、それは俺に言われても困るだが……。紬が自分からしてきたことだし」

「恥ずかしかった……。じ、実はこれを狙ってたとか」

「バ、バカなこと言うなよ。……そ、それよりまだ時間はあるし、最後になにか乗って行かないか?」


 狙っていなかったにしろ、女性の胸に触ったのは事実。完全に和馬が不利に立たされる状態に、話題を逸らす他なかった。


「じゃあ、あれに乗りたい……」

「あれ?」

「うん……っ」


 紬が人差し指を向けた方向を見れば、暗き中にライトアップされた観覧車だった。



 ==========



「観覧車……か。最後にゆっくり出来て良いかもしれないな」

「覚えてる? わたし達が小学生の頃も最後に観覧車に乗ったんだよ」

「そうだったか?」

「うん……」

 ゴンドラの中で対面するように座る二人は、外の夜景を見ながら会話を弾ませていた。


「まぁしかし、小学の頃と比べて随分元気になったよな」

「これもカズマのおかげだよ……。カズマがいなかったら今のような生活は出来てなかったと思う」

「そんなことはないだろ」

「そんなことあるよ……。だって、手術の傷のことでイジメられて、それを救ってくれたのはカズマだけだったもん。あの時は本当に嬉しかった……」


 イジメられている者が一番望むのは、イジメの解決。そのためには自分を助けてくれる相手がもちろん必要になる。


 イジメは大抵の場合が大人数でしてくるもの。その一方で助けてくれるのは指を数える程度。その中で和馬は一番に助けてくれた相手。


 そんな和馬はイジメてくる相手に向かっていつもこう言ってた。

『手術の跡が汚いわけねぇだろ。手術を頑張って耐え抜いた紬に向かってそんなことを言う奴は、俺が許さない』ーーと。


 その言葉は今でも胸の内にあるもので、一番の支えになった言葉でもあった。


「助けるのは当然だろ。……お前は俺の幼馴染なんだから」

「そんな簡単に言ってるけど、いじめから助けるって、すごい勇気のあることなんだよ?」

「あの頃はガキだったし、その辺はあんま分かんないな」

「凄いことしたのに、カズマはいっつも呆けるよね」

「さぁな」


 そして会話は止まる。聴こえてくるのはゆっくりと回転していくゴンドラの音だけ。

 数秒……数十秒の間が開き、紬は震えた声を発した。


「あのね……カズマ」

「どうしたんだ? 改まって」

「わたしね、カズマにどうしても言わないといけないことがあるの……。そのためにわたしは観覧車を選んだんだよ……」

 両手を太ももに置く紬は、握り拳を作りながら視線は和馬の瞳を捉えていた。


「……わたしにはね、好きな人がいるの」

「知ってる。そして、デートに慣れるために俺を誘ったんだろ?」

「……」

「なんて言うか……、俺はお前を応援してる。頑張れよ」


 和馬が動じることもなく本音を語る。好きな相手には幸せになってほしい。そう思うのは誰だって一緒。その恋を応援しながらも、紬を諦めきれていないのが和馬なのだ。


「さ、最後まで聞いて……」

「お、おう……」

「その好きな人ってのはね……。優しくて、鈍感で、いつもわたしのことを助けてくれる人なの……」

「……」

 和馬は相槌を打ちながら、話を静かに聞いていた。


「そ、そして……今、わたしの目の前に居る人が、わたしの好きな人……。だ、だから誤解は絶対にされないの……。だから、わたしはあなたを遊園地に誘いました……」

「は?」

「わたしはあなたが大好きです。……カズマ」

「…………はあァァァア!?」


 紬の衝撃の告白で、思わず立ち上がる和馬。思考が追いついた時には、もう頭が真っ白だったのだ。


「そ、そそそそんな冗談はタチが悪いぞ……」

 その告白に返せた言葉はたったこれだけ。


「冗談じゃないよ……。わたしは小学生の頃から、ずっとカズマのことを想ってた……。カズマがいるから同じ高校にも、同じ大学にも進んだの」

「ッ!?」

「それくらい、わたしはカズマのことが好きなの……。ずっと追いかけてきたの……」

「い、いきなりんなこと言われても……」


 その告白は、和馬にとって一番嬉しいものでもあった。理由は問わずしも両想いだと気付けたのだから。……ただ、気持ちが追い付いていないのだ。


「……ここは観覧車。カズマに逃げ場はないです。だからわたしは、カズマにアタックをかけます……」

「え、お、おい……!?」

 立ち上がっている和馬を押し倒すように座らせた紬は、真っ赤になった顔をグッと近付ける。


「わたしちゃんと勇気を出したもん。……出してないのはカズマだけ」

「ちょっ……!?」

「今からカズマにキスするから……。い、異論があるならその前に止めて……」

 桜色の唇がゆっくりと近付いてくる……。その唇が自分の元に届く前に和馬は紬の肩を抑えて、距離を取った。


「な、なんで止めたの……」

「異論しかねぇからだよ。……ズルイだろ、一人だけ想いを伝えて。……俺より先に言うなんて」

 和馬も言おうと思っていた。ユウに勇気をもらったあの時から。そして……言うべきタイミングを図っていたのだ。


「俺もずっと好きだった。お前のこと……」

「う、うん……」

「……な、なんて言うか、嬉しくてこれ以上の言葉が出ねぇや……」

「な、泣きそうじゃん、カズマ……」

「お、お前こそ……」


 涙を拭うように、目を擦るタイミングは互いに一緒だった。そしてそれは積年の想いが叶った瞬間でもあった……。


「じゃあ、しよっか……。キス……」

「……コレは俺からさせてくれ」

「や、優しくしてね……。こ、これが初めてのキスだから……」

「多分無理だな……。俺も初めてだし……」

「た、頼りないなぁ。全く……」

「紬こそ……」


 和馬は紬の隣に移動し、身体を抱くようにして顔を近付ける。そしてーー

「紬……」

「んっ……」

 触れるだけの軽いキスが交わされた……。その時間は僅か一秒ほど。それだけでも身体が痺れるほどの衝撃が襲ってくる。


「や、やばいなこれ……」

「もっとだよ……。んっ」

「ッ!?」

 唇を離した瞬間、今度は紬からキスを交わしてくる。二度目のキスは優しくではない。強く押し付けるように、息が出来ないほどのもの……。


「えへへ、もうお腹いっぱい……」

「ふ、不意打ちはやめてくれ……」

「……ねえカズマ。今日お泊りしていい……?」

「は、はぁ!?」


「だってわたしはカズマの彼女だよ? カズマ言ったもん。彼女は家にあがらせるって……」

「家に上がらせるのと、泊まらせるのは全然違うだろ!? だ、だいたい家に泊まればどうされるかぐらい分かっーー」

「わたしはずっとカズマが好きだったんだよ。ずっと追い掛けてきたんだよ。カズマとそんなコト、したいに決まってるじゃん……」

「え……」


『嘘じゃないよ』と、示すように和馬の手に自分の手を重ねる紬は、あのスイッチがもう入っていた。

 昂ぶる高揚を抑えきれなかったのだ。


「カズマとキスして……やっと彼女になれて……、我慢出来るはずないよ……」

「お、落ち着けって……」

「もし、否定するなら……ここで襲っちゃうから。こんな狭い場所じゃ、カズマの力なんて無意味だもん」

「なっ……!?」

 完全なる紬の策略にハマっていた和馬……。和馬は未だ知らないのだ。

 紬には告白に成功するという確信、、があったことを……。


「わたしの彼氏になった責任……ちゃんと取ってよね」

 今までに見たこともないほどに赤面する紬は、和馬の耳元でそう囁くのであった……。

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