第28話 遊園地デート②

「うっ……う……む、無理……」

「あはははっ、面白かったね! もう一回乗ろっか?」

「マジ無理……」

「冗談冗談!」

 無事……? ジェットコースターを乗り終えたカズマは、フラフラとした足取りで崩れ落ちるようにベンチに座り込む。

 カズマの顔は青白く、いつ気を失ってもおかしくないような状況だった。


「カズマが『ギャアアアア!!!』なんて言うの初めて聞いたからもう、お腹痛かったよ……っ」

「なんで紬はそんなに余裕があんだよ……。バケモンかよ……」

「わたし絶叫系は平気だからねっ。あっ、カズマの髪、乱れてるよ?」

「……あ、あとで直す」


 紬はジェットコースターに乗り終えた後のカズマの髪の毛に意識を向ける。あれだけの速度で風を受ければ当然髪は跳ねる。

 カズマの髪はボサボサだったのだ。


「だーめ。今日はデートなんだからそんなところはしっかりしないと! わたしが直してあげるから」

「も、もしかして……これがジェットコースターに乗る前に言ってたご褒美なのか?」


「違うよ。これはわたしが直したいだけ……」

「……それなら頼む。正直今は髪を整える気力もないんだ」

「じゃあ、髪に触るね……? いいよねっ!?」

「ああ。ただ、変な髪型にしたら許さんからな」

「うんっ!」


 そして、元気の良い返事をした紬が一番先に取った行動はーー

「よしよし……よしよし……」

 子どもをあやすかのような頭ナデナデだった……。紬にとって和馬の髪を触れるような体験はなかなか出来る事ではない。


 今のうちに堪能しとかなければ……との気持ちが湧き出たのだ。


「おい。今のは髪を整える気がないだろ」

「やっ、これは跳ねてた髪を整えようとしたの!」

「早くしてくれ。周りに見られたら恥ずかしいだろ」

「う、うんっ。分かった……っ!」


 そうして、紬は頭ナデナデを交えながらカズマの髪を整える。その所用時間は7分。


「よしっ。出来ました!」

「ありがと……。ん? そういや、なんで紬の髪は乱れてないんだ? 俺より髪も長いし、乱れるのは絶対だと思うんだが……」

「カズマが『うぅー』って死にそうになってる時に直したの。……やっぱり、わたしの好きな人には一番綺麗な姿を見せていたいから……」


 その最後の言葉は紬の胸のうちを語ったもの。誰にも聞こえるはずのない声量だったはずだが……ある者はしっかりと耳に残していた。


「あ、あのな……。デートだからと言って、そんなセリフまで言わなくていいぞ? あくまで『仮』なんだから」

「へっ!?」

「いや、好きな人には綺麗な姿を見せていたい……みたいな」

「あ、あー。そ、そうだね! 仮だもねっ! つ、つつつ次からは気を付けるよっ!」


 瞬間ーー身体に熱が走る紬。今の言葉を聞かれていたのは間違いない……。恥ずかしい気持ちでいっぱいだったのだ。


「ああ、そうしてくれ。その言葉は本当に好きなやつに掛けるべきもんだ。誰彼構わず言ってると価値が薄くなる」

「……ばか」

「あ?」

「……鈍感」

「は?」


 確かに和馬は正論を述べた。が……この場でその発言は間違っている。相手も気持ちに気が付いていなければ、このようなことになるのも仕方がない。


「も、もういい……。そ、それよりご褒美のことだけど……カズマの好きなアイスの味を教えて」

「えっと……バニラだな」

「わ、分かった。少しだけ待ってて」

「え、お、おい……っ!?」



 紬は恥ずかしさを冷ましにいくかのように、カズマに背を向けてどこかに走って行った。



 ========



「ま、まさか……ご褒美って……」

「あ、あーん……です」

 その後、走って戻ってきた紬の手元にはバニラのソフトクリームがあった。


 カズマのベンチに腰を下ろす紬は、プラスチックのスプーンでソフトクリームを掬い、こちらに差し出してくる。

 その頰は誰がどう見ても赤く染まっていた。


「お、お前……なんでも言うがこれは『仮』なんだぞ!? こんなことしなくても良いだろうが……」

「あ、あーんくらいします……っ。してる人はいっぱいですっ……!」

「顔真っ赤にして言うなよ」


「だ、だってこんなの初めてだからっ!」

「じゃあ無理にしなくていいだろ!? しかもなんで一つしか買ってきてないんだよ」


「ふ、二つ買ったら……カズマは絶対に片方を早く食べて『もうお腹いっぱいー』ってあと一つの方を食べてくれないもん……!」

「……」

『当たってる』……なんて発言を呑み込むカズマ。流石は幼馴染……。逃げ道をちゃんと把握している。


「で、でもカズマは怒ってないから……ちゃんとご褒美にはなってるんだよね?」

「……ま、まぁ。嬉しくないわけじゃない……」

「じゃあ……ほら。溶けちゃうから早く食べてよ」

 くいっとバニラが乗ったスプーンを口元に近づけて来る紬。


その表情には『絶対に食べさせる』なんて意志がこもっている。どうあがいても引く気がない。……口を開けなければ無理やりねじ込んでくる恐れもある。それが紬の強さなのだ……。


「ったく……」

 和馬は覚悟を決めて、紬に掬われたバニラアイスをパクッと食べる……。

 口に感じるのは冷たい感覚だけ……。緊張で味など分かるはずがなかった。


「えへ、えへへ……っ。カズマが食べてくれた……」

「く、くそ……。おい。次、それ貸せ」

「う、うん?」


 何故か嬉しそうにする紬からソフトクリームとスプーンを受け取った和馬は今度は逆の立場で動く。


「常識的に考えて、次は紬の番だ。……次は俺が食べさせる」

「ふぇっ!?」

「何驚いてんだよ。こういうもんだろ?」

「こ、これはわたしからのご褒美だよっ!? そ、それをされたらわたしがご褒美をもらうことになるよ……っ!?」


 さっきまでの勢いはどうしたのか、あわあわと必死な抵抗を見せている。ジェットコースター前の紬とは大違いだ。


「へ、へえ……。俺のをご褒美だと思ってくれてるのか。それじゃあ、食べられるよな?」

「あっ……あぅぅ……。わ、わたしの場合は間接キスになっちゃうよ……っ!」

「ソフトクリームを一つ買ってきた時点でそのくらいはなんとなく分かってただろ? 『仮』デートなのにこんな展開にさせるやつが悪い」

「そ、それはそうだけどっ!」


 スラスラとセリフを並べる和馬だが、その心拍数は今までに体験したことがないくらいに波打っていた。

 そして、和馬がこうも優位に取れている理由は一つ。和馬の一口は最初だった。つまり、和馬は紬と間接キスをしていないのだ。


「どうしても嫌なら、あと一つスプーンを持ってくるけど」

「い、嫌じゃない……」

「それなら食べてくれ? このままだと溶ける」

「……もうっ! 分かったよっ!!」


 やけっぱちになった紬は目を瞑りながら、差し出されたソフトクリームを口に運んだ。


「美味いだろ?」

「うぅぅ……。あ、味が分からないよ……っ!」

 ごくんっ、とソフトクリームを飲み込んだ紬は何故か怒っていた。


「おいおい、誰に怒ってんだよ」

「も、もういいっ! 次はわたしの番だからっ!!」

「お、おい! それじゃ次は俺が間接キスになるだろッ!?」

「た、食べるまで絶対に逃がさないもんっ! おあいこにするんだからっ!」


 結果……勢いに抑えた和馬は完敗した。間接キスをしてしまった。

 そして……正気に戻った二人が顔を赤くしていたのは言うまでもない


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