第25話 電車と紬side
「全く……カズマは本当になってないっ! 女の子と買い物に行くときは10分前には来ないといけないんなんだから……っ!」
「いや、本当に悪い。少し時間が掛かってだな……」
『服選びに時間がかかってしまった』なんて情けない理由を言えるはずがなく、和馬は罪悪感を滲ませながら謝った。
「でも……ちゃんとオシャレしてきたから許してあげる。良く似合ってるよ、カズマ」
「……そ、それなら良かった」
「あれ、照れてる? 照れてるでしょ?」
「……うるさい」
褒められて照れるのは仕方がない。褒めてくれた相手はあの紬。和馬の大好きな相手なのだから……。
頭を掻きながら、そっぽ向く和馬はチラチラと視線を
「紬、お前は脚を見せすぎだ……」
「っ!?」
ショートボトムを穿いている紬の格好を簡単に言えば、太ももの半分まで見えている状態になっている。
「いや、別に自慢出来るぐらいに細くて綺麗な脚をしてるとは思うんだが……」
「み、見ちゃだめっ!!」
指摘されて恥ずかしくなったのか、紬は両手で自分の脚を隠そうとしている……が、もちろん、隠せるはずもない。
「……そもそも、どうすればそんなに白い肌になるんだ? 意味が分からん」
「だからそんなに見ないでよっ……! えっち! 変態! 欲情魔!! ばかばかっ!!」
「そのショートパンツを穿くのが悪いだろ……。お前みたいな可愛い女がそんな格好してれば自然と視線が向くもんなんだよ。男ってのは」
「へ、へぇー、カズマはわたしのこと可愛いと思ってるんだ。ふーん?」
「俺をからかいたい顔してるが、まずはその照れた顔を戻すのが先だぞ」
紬は面白いぐらいに感情が表に出る。特に照れた時なんかは必ずと言っていいほど顔が赤くなる。それは見てわかるぐらいに。
「もういいっ! と、とりあえずカズマはわたしの脚を見ないで……!」
「分かった分かった」
「絶対に、絶対だからね……。恥ずかしいんだから……」
「そうか? 俺はそうは思わないがが……」
そして、再び紬の脚に視線を向けながら感想を述べる。が、これが間違いであった。
「カズマぁ……! 見ちゃダメだって言った!!」
「今のはフォローだろ!?」
こうなるのは必然であった……。
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《紬side》
「電車は来るまであと5分か……。丁度良い時間だな」
「遊園地まではここから15分くらいだよね?」
到着時間の電子パネルを見ながら時間帯を教えてくれるカズマに、わたしは確認を入れる。
「そんぐらいだな。……ここで紬、一つだけ俺の言うこと聞いてくれ」
「うん?」
「電車に乗ったら、すぐ左側の角に行ってくれ。車内のスペースが空いてる可能性も少ないし、真ん中に行ったら何されるか分からん」
「痴漢ってこと……?」
「それもあるし、電車は満員に近いだろうから小柄なお前は押し潰される。それは嫌だろ?」
「うん……」
こうやって心配してくれるのがカズマなのだ……。遊園地に舞い上がるわたしと違い、自分だけでなく、ちゃんとわたしのことも考えてくれる。
そんな気遣いは昔から変わっていなかった……。
「車内で押しつぶされて、遊園地に行く前に死んでもらっちゃ困るしな」
「……うんっ」
わたしは頰に生まれる熱さを隠すように下を向きます。それが照れ隠しだと知るカズマは何も言わずに頰を掻いていたのです……。
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「うわぁ……人がいっぱい……」
「これはキツイな……。誰かに触られたりしたら俺に言えよ」
「うん……」
わたしはカズマの指示に従って、電車に入ってすぐ左に場所を取りました。椅子の空きスペースもなく、立つ以外に方法はありません。
ただ、スペースを探して車両の真ん中に移動していれば……わたしはカズマの言い分通りに、電車に乗る人達から押しつぶされていたでしょう……。
そして……電車が出発します。
時より、大きな振動を感じながら音を立てながら進んでいきます。
わたしの目の前には大きな背中をこちらに向けるカズマがいます……。しれっと壁役をしてくれてるのです……。
(大きい背中……。男の子らしい背中……)
手すりを掴みながら、わたしはカズマの背中に視線を吸い寄せられました。
その背中はわたしの2倍くらいの大きさがあります。
(さ、触っても……良いのかな)
電車なら……触れる。なんの違和感も与えられることなく……触れる。
『電車が揺れて……』の一言で済ませられるのだから……。
(触ろうか。触らないか? じゃあ触る……て、こんな俳句を考えてる場合じゃないよ……っ!)
ぶんぶん、と頭を振ってそんな煩悩を払おうとした瞬間でした。
「わぁっ!?」
電車が大きく揺れ……手すりを握っていた手が離れたのです。
体勢を崩したわたしは、目の前にいるカズマの背中に身体を預けていました……。
「お、おい……大丈夫か?」
「…………す、すごい」
手のひらに伝わるカズマの体温。筋肉質で硬く……大きな背中。わたしはカズマの声に気付くことなく無心で触っていました。
「紬」
「ひゃっ」
「なんだよその声……」
不意に肩を触られ、わたしは頓狂な声を出してしまいます。でも、そのおかげでわたしは元に戻ることが出来ました。
「俺の背中になんか付いてたか?」
「ち、ちち小さいワタみたいなのがついてた……!」
「あぁ、それを取ってくれたんだな。ありがとう」
(本当はワタなんて付いてない……。カズマの背中を触りたかっただけ……)
でも、こんな言葉は言えない。言えるはずもない。わたしにはその勇気がないのです……。
「でも、そのワタ取りはあとでしてくれ。手すりを握ってないと危ないだろ?」
「あ、えっと……それは……」
(まだカズマを触っていたい……。触り足りないよ……)
そんな思いが、わたしを拒んだ。ここで拒めば不審がられるのは分かっていたのに……。
「て、手すりが滑るから……、こ、こっちの方が安定するの……」
「なんでそのことを早く言わなかったんだよ……。紬、少しこっち寄れ」
「う、うん……」
カズマが場所を示したのはその真横……。この指示を無視するわけにはいかない。
わたしは名残惜しくその背中と別れ……横に行った瞬間でした。
「……っ!?」
『グッ』と、わたしの肩は引き寄せられ……カズマにおっきな片腕で抱きとめられたのです……。
「ごめん紬。お前には悪いと思うがもう少しだけ我慢してくれ。お前の安全が一番だから」
「ぁい……」
(ど、どしよどしよ……っ。い、今の言葉は反則だよっ! し、心臓が破裂しそうだよ……っ!?)
もうわたしには心の余裕がありませんでした。
わたしの左肩にはカズマのがっしりとした手が置かれ、体勢を崩さないように強い力で抱きとめてくれている……。
(もう、だめだっ……。わたし、なにも考えられなくなってきちゃったよ…………)
好きな人に、大好きな人にこんなことをされたら……もっと欲求が出てきてしまう。
もっと甘えたくなってしまう。
早くわたしの気持ちに気付いて欲しくなってしまう。
(大好きだよ……カズマ)
わたしはそんな気持ちを込めて、カズマの胸元に顔を沈めました……。電車が遊園地に着くまでずっとしてました……。
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