第24話 遊園地デートへその①

(こ、これから本当に遊園地に行くんだよね……。ど、どうしよう……、わたし変な格好じゃないよね……? ちゃんとオシャレできてるよね……)

 待ち合わせ場所の駅前に到着する紬は、そわそわとしながらベンチに座る。


 座った状態で自分の衣服を確認する。

 脚が露出したショートボトムに、ロゴの入った半袖を着ている紬。そんな紬は知る

由もない。待ち合わせ場所に到着した瞬間から、周りの視線を集めていることに。


 それはもちろん怪訝な視線ではなく、見惚れた視線……。


「そこのお嬢さん。少し良いかな……?」

「……?」

 その時……紬が上を見上げれば、そこに居たのは一人の男性が覗き込んでいた。

 明るい茶髪に髪を染め、人形のように整った顔立ちと身長をしている。


「えっ……あれって、モデルの三木 涼じゃない……!?」

「ほ、本物じゃん……」


 モデルの三木みつき りょう

 紬は外野と同様にこの人物を知っている。ファッション雑誌で目にしたことがあったのだ……が、そんなのはどうでも良いこと。


「も、もし良かったらなーー」

「ごめんなさい」

「……っ!?」


 即答とも呼べるお断りの音葉。断られるだなんて思ってなかったのだろう、涼は瞳を見開いた後にまばたきを数回させた。


「これからと遊園地なんです。……遊園地」

 紬にはもうあのスイッチが入っている。《難攻不落の要塞》、誰にも侵略されない防衛スイッチが。


「あ、あぁ……そ、そうなんだ。……えっと、それじゃあ一つだけ聞きたいんだけど、オレのことどこかで見たことない?」

「ありますよ」

「え……」

「雑誌に出たりしてますよね。凄いと思います」

「あのー、それなのに彼の方を優先したりする……?」

「なんですか、その言い方……」


 その瞬間……ピキっと、空間に亀裂が入る。涼のなにげない一言が紬の逆鱗に触れたのだ。


「彼の方を優先するのは当たり前です。わたしはあなたよりも彼の方がずっとずっと大事ですし。いい加減にしてください」

 普段の可愛い顔は、涼を睨む顔によって霧散していた。そこにあるのは確かな嫌悪。誰をも寄せ付けないそんな空間が生まれ……外野も察知する。


「あ、あの子……三木 涼の誘いを断ろうとしてるんだけど……」

「うっそでしょ……。ヤバイでしょ……」

 紬にとってその『断り』はヤバイことでもなんでもない。

 それ以外に選択肢がないのだから。


「……あなたは知名度と顔の良さがあるだけで、女性がホイホイついてくるなんて思ってませんか? 言っときますが、女性はGごきぶりホイホイみたいな簡単な原理じゃないんですよ」

「は、はい……」

 その面様に萎縮する涼に紬はもう一つだけ声をかける。言い過ぎてしまった……なんて心の隅で思ってしまったのである。


「で、でも……誤解のないように言いますが、あなたは世間から評価されている通りにカッコいいと思います」

「……」

「でも、中身をしっかり持ったほうがもっとカッコいいです。わたしは外見より、中身がある男性の方が好きです……」


 紬がこの涼が嫌いなわけではない。紬が一番嫌いな相手はチャラチャラとした、人に迷惑をかける人間……。

 そんな人に当てはまらない涼だからこそ、紬はフォローの言葉をかけたのだ。


「あ、ありがとう……。まさか、お嬢さんがそんな言葉をかけてくれるなんて思ってなかったよ……」

「って、なんでわたし……出会ったばっかりの人にこんなこと言ってるの……っ!?

は、恥ずかしい……っ」


 よくよく考えれば、そのフォローは自分の主観。好みの問題だ。初対面の相手に自ら好みのタイプをバラしたのなら、スイッチが切れるのも仕方がないこと。


「ははっ、それがお嬢さんの素なんだね。さっきと全然違うなぁ……」

「……ち、違いますっ!」

「それに、一度崩れたらもう戻せないんだ?」

「もうやだ……っ」


 図星を突かれ、小さい顔を両手で覆い隠す紬に、涼は優しい声音を発した。


「……お嬢さんの彼が羨ましいよ。嫉妬するぐらいにね」

「……そ、それは嬉しい言葉です」

「オレ、中身をしっかり持つようにしようと思う……。お嬢さんみたいな人から気にかけてもらえるように……」


「わ、わたしのことは気にしないとして……それが良いと思います。もしかしたら、あなたのことを小さい頃からずっと好きでいる女の子がいるかもしれませんよ?」

(わたしみたいに……)

 それは紬の胸中に閉まった。この想いだけは胸に留めておきたかったのだ。ずっとずっと……想ってきた感情なのだから。


「はははっ、それなら嬉しいんだけどね。……じゃ、これ以上お嬢さんの邪魔したくないし、オレはこの辺で。本当は連絡先だけでも聞いておきたいんだけどやめておくよ」

「うんっ……。それがいいです」

「でも……このことは次の記事で少しだけ引用させてもらってもいいかな?」

「お好きにどうぞ」


 この内容を引用したとしても、紬とのやり取りだとは誰も思いはしないだろう。紬は涼のことを知っているが、涼は紬の名前は知らない。

 特定の可能性はないのだ。


「ありがとう……。それじゃあ、機会があればまたどこかで……」

「お仕事頑張って下さいね、涼さん。応援してます……」


 涼に会うことはもうないだろうと悟った紬は、その言葉が本当だと証明するかのように和馬にだけ、、見せる満面の笑みを浮かべた。


「あ、ありがとう……。ほんと、お嬢さんの彼が羨ましいよ……」

「な、何度も言わなくて良いですからっ!」

「ははは、じゃあまたね」


 涼はそんな別れセリフを残して去っていった。ーー頰を赤く染めながら……。



 その数分後……。

「ぎ、ぎりぎり間に合った……」

「もーっ! 失格!!」

 そんなやり取りをした紬と和馬である。

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