第22話 告白と……それぞれの想い

 その帰り道、和馬はユウの自宅まで送っていた。……会話も普段以上に弾み、互いに何度も笑みを浮かべていた。


「やっぱり、居心地が良いなぁ……」

「喋り相手がいるとそうなるよな。俺だってそうだし」

「……そ、そう言うわけでいったんじゃないんだけどなぁ……。和馬君って、天然が入ってたりする? それとも鈍感さん?」


「いや、多分どっちにも当てはまってないと思うけど。そもそも……モテたことがないから鈍感とかは分かんないなー」

 後頭部に両手を当てて空を見上げる和馬は、間延びした口調で答える。そう……和馬は誰とも付き合ったことがない。また、告白されたこともない。


「和馬君、嘘は言っちゃダメだと思うんだ」

「あのな、その否定は俺を悲しくさせるだけだぞ」

「和馬君がモテないわけがないじゃん! 今まで付き合った彼女数は?」

「ゼロ」

「告白された回数は?」

「ゼロ」

「なんでっ!?」

 その答えが本当に予想外だったのだろう、あんぐりと口を開けてまばたきを何度もさせている。


「いや、そこで驚かれても俺が困るんだが……」

「和馬君カッコイイし、優しいし、身長も高いし……」

「世辞をありがとな。それで、ユウはどうなんだよ」

「私……?」


 情報を与えた分の対価を貰うのは当たり前のこと。この場合は互いの情報交換だ。


「告白された回数はどんぐらいだ?」

「……50くらいかな」

「バケモンかよ」


「多分だけど、紬ちゃんは私の倍くらいはあると思うよ? モデルさんにもスカウトされたことがあるって言ってたから」

「はぁ。もうワケ分かんねぇな……アイツ」

 ユウの倍といえば、告白された回数は100……。普通に考えてあり得ない数だが、紬が相手なら、その数でもちっぽけに見えてしまう。


「和馬君って、紬ちゃんの話題が出ると顔が緩むよね」

「気のせいだ、気のせい……って危ッ!」

「……っ」

 和馬は咄嗟に壁際にユウを寄せる。


 ユウの背後から来たのは、こちらに注意も向けていない自転車。その自転車に乗っている男は、ながらスマホをしている状態だった。


「ったく、自転車に乗ってスマホなんかイジんなよな……。今の普通に危なかっただろ」

 通り過ぎる自転車を睨みつけながら、悪態を吐く和馬か現在の状態に気付くのが遅かった。


「和馬君……っ。き、距離が近い……」

「あ、悪い……」

 数十センチで絡み合う視線。その距離に隙間はアリしか通れないほどに縮まっていた。

 直ぐに詫びの言葉を発する和馬は、さっと離れていつもの距離を保つ。

 それでも、ユウはまだ動かなかった。


「顔が赤いが……大丈夫か?」

「ほんと紬ちゃんが羨ましいよ……。もっと早く和馬君と会いたかったな……」

 声量を抑えることもなく、さらに頰を赤らめながら視線を向けてくる。


「お、おいおい……どうしたんだ? 今日のユウ、どこか変だぞ?」

「変……だよね、私……。で、でも……それでも、一つだけ聞いてほしい……」

「な、なんだ?」

「わ、私が今日……和馬君を教室で待ってた理由は、財布とはまた別にあったんだ……」

「えっ……?」


 それは唐突に訪れた。ーー今までに感じたことのない雰囲気。いつも元気が有り余ったユウが弱々しい声で……勇気を振り絞った様子で口元を震わせる。


「え、えっと……ね、い、一度しか言わないから……よく聞いてほしい」

 そして……意志の篭った視線が和馬に向いた瞬間だった。


「私は和馬君のことが好きです……。私と……付き合ってください……っ」

「……ッ!?」

ーー時が止まったような衝撃。心臓が大きく跳ね上がる。

「……ほ、本当はね、このことを手紙で伝えるつもりだった。で、でも……もう抑えきれなくなっちゃって……」

「……」

 和馬が初めて体験する告白。その告白は『罰ゲーム』などではないだろう。ユウの様子を見れば一目瞭然だった。


「私ね、あのカフェで和馬君に助けてもらった時から、好きになってた……。紬ちゃんと和馬君が仲良く話してるだけで心がモヤモヤって……。もう、目が離せなくなってた……」

「……」

「私、告白するのって今日が初めてなの……。だ、だから、あんなにも変になっちゃって……」


 初めての告白……。それは人生で一番の勇気がいる瞬間と言っても過言ではない。和馬にだってそんなこと分かっている。


「そ、それで、返事を聞かせてくれる……?」

 震えた声で、震えた身体で、目尻を下げておずおずと聞いてくるユウ。そんなユウに和馬ははっきりと伝えた。


「…………ごめん。俺はユウと付き合うことは出来ない」

「……っ」

「ユウは他の女性と比べても魅力的だし、周りのみんなを元気にさせられるぐらいに性格も明るい。……俺には勿体ない相手だと思う」

「か、和馬君から見て……そんな私が告白してるのにダメなの……? わ、私は本気だよ……?」


「……本当にごめん。俺には小学の頃からずっと想い続けている相手がいる。ソイツに彼氏が出来るまで俺は諦めることはない……。だから付き合うことは出来ない」

「紬ちゃん……だよね」

 ユウの口から溢れる一人の名前。


「……そうだよ。俺は紬が好きだ」

「……」

「紬だけは誰にも渡したくない俺の大切な相手。……俺がずっと想い続けている相手だ。この手が届かないとしても、釣り合わないとしても……俺は諦めない」

「そっか……。やっぱり……そうだったんだね」


 和馬の意志は鋼のように硬い。そこに付け入る隙など微塵も無い。


「ユウは知ってたんだろ? 俺が紬のことを好きだって。だから毎日のようにからかってきた……」

「この告白を断られるのは予想できてた……。和馬君の言う通り、紬ちゃんの事を好きだって知ってたから……」

「じゃあなんで……」


『断られる』ことを分かってたのに、『告白』する。この意図は本人が語らなければ分からないもの。


「紬ちゃんとどこか遊びに行くんでしょ? 今度時間がある日に……」

「そ、その話……ユウにしたか?」

「紬ちゃんの表情を見れば分かるよ。嬉しそうにずっとニヤニヤしてたから。それに、和馬を見てても……」

「……」

「和馬君……、あのね。和馬君も告白する勇気……持たなきゃ。……私をちゃんと振ることが出来たんだから……」

「ッ!?」


 全てを悟ってるかのように……未来が見えているかのように、微笑を浮かべるユウは、瞳から透明な液体をポロポロと流す。


「いつまでも紬ちゃんを悲しませちゃダメだよ。だって紬ちゃんは……ごめん、これは私の口から言っちゃいけないことだね……」

「……」

「こ、これで私は……二人を応援出来る。もう、諦められたから……。和馬君、デート頑張ってね。応援してるから……」

「ユウ……」


 ここまで言えば分かる。……ユウは自分の想いをキッパリと諦めるために告白したのだと……。ずっと紬を想い続けている和馬を後押しするために告白したのだと……。


「それじゃ、私の家はここだから……。今日は本当にありがとう。……こ、これからも普段通りに接してほしいな……」

「……わ、分かってる」


「それなら……良かった…………、ぐすっ」

 そうして、ユウは和馬に背を向け自宅に入っていった……。


「お前の言う通りだよ……ユウ。俺も勇気を出さないとダメだよな……」

 和馬は顔を下げながら、己に問いかけるように小声で呟いた。


 そのアスファルトには、ユウが流した涙の跡が何滴も残っていたのである……。



 ==========



「カズマ…………」

 電柱の陰からその様子をずっと観察する一つの影……。

 その顔は赤みが取れそうにないほど、真っ赤に染まっていた。

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