第21話 進展と……不安と
その放課後、和馬と紬はいつも通りに二人で帰路を辿っていた。
「紬、今度の買い物のことなんだが……出来れば早い方がいい」
「い、いきなりだね……?」
「買い物、遅くなると困るだろ?」
なんて言う和馬だが、本当の理由は全く違う。
今朝……紬が声を掛けられていたあの光景を見て、確かな焦りが生まれていたのだ。
紬はやはり知らない男から声をかけられるほどの魅力的な女性。長年想い続けてきた相手。
そんな紬を『取られるんじゃないか……』と。
取られたくないからこそ……少しでも距離を縮めたい思いがあったのだ。
「……う、うん。それはそうなんだけど、カズマに無理はさせたくないから。ほ、ほら、わたしが無理矢理連れて行く感じでしょ……?」
「無理矢理とか、そんな考え方すんなよ。……こう見えても楽しみにしてるんだがら」
好きな相手との買い物。それが、紬にとってはデート相手の代用だとしても……楽しみにしていることには変わりない。
「カズマはわたしを気遣ってない? わたしを喜ばせようしてない……?」
「紬を喜ばせても、俺にメリットはないし」
「むぅ……。わたしはあるのに……」
「俺を喜ばせてメリットが?」
「……嬉しくなる」
「ぶっ、ハハハ。なんだよそれ」
ぼそっと予想外の回答をする紬に、息を吹き出しだしてしまう和馬。
「な、ななななんで笑うのっ!? 立派なメリットだよ!!」
「そっか。それならいいんじゃないか? まさか紬からそんな言葉が聞けるとは思わなかったよ……ハハハッ」
「もういいっ! カズマなんて大っ嫌い……。日曜日の約束破ったら大っ嫌い……」
「大丈夫……。絶対に守るから」
「それならいい……けど」
どこか拗ねたように顔を背ける紬だが、その横顔には確かな喜笑が浮かんでいた。
「そういや……舞には全然会えてないなぁ……。久しぶりに顔を合わせたいもんだ」
「それ、舞も言ってたよ? カズマと会いたいって」
「元気にしてるか? 一応、メールはするんだが声とかは聞けないし」
「も、もしかしてカズマ……。舞を狙ってる……?」
「狙ってる、なんて言ったら紬はどうする?」
「……っ。あ、やっ……そ、それは……」
言葉を複数にも詰まらせた紬は、どこか険しい表情でこう答えた。
「た、多分……応援すると思う……」
「多分って、頼りない応援になりそうだな」
「そうなるかな……えへへ」
「……?」
自分の想い人の恋を応援する。……実際にこれは一番辛いことでもある。頼りない応援になるのは当然。素直な応援が出来るはずもない。
「……あ、やっべ」
そんな複雑な感情を抱いている紬に気付くことなく、何かを探すようにポケットを漁る和馬。
「ど、どうしたの……?」
「悪い、大学に財布忘れてきたみたいだ。取りに戻るから先に帰っててくれ」
「えっ、ちょっと……っ!?」
紬にそんな言葉を言い残し、和馬は歩いてきた道を走って戻る。
財布の中には保険証から現金と、取られてはならないものが入っている。取られる可能性があるからこそ、1秒も無駄には出来なかったのだ。
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「お……ユウ?」
「あっ、和馬君だ! どうもー!」
和馬が教室に戻れば、そこには教室の床をホウキで掃いているユウの姿が目に入った。
「あっ、和馬くんのお財布は私のカバンのところにあるよー! 自分の机の上に置き忘れてたから」
「取られないようにしてくれたんだな。……本当にありがとう」
ユウの机に目を向ければ、黒塗りの皮財布が一目につかないように置いてあった。それは間違いなく和馬のもので、取られないように持っておいてくれたのだろう。
「ごめん、和馬君。一応お財布の持ち主が誰か確認するために中を開けたんだけど……」
「そんな申し訳なさそうにしないでくれ。俺だって誰の持ち主か財布を開けて確認すると思うし、俺がユウの立場だったら同じ行動してたよ」
「そう言ってくれると嬉しいな……」
保健証に運転免許証など、財布の中には身分を証明出来るもの入っている可能性が高い。別の相手に財布を取られないためにも、見つけた本人が誰の持ち主なのかを確認するのは正しい行動である。
「……もしかして、ユウは俺が財布を取りに来るのを待っててくれたのか?」
「ち、違うよ? 教室の汚れが目立ってて、掃除してたところに和馬君が来ただけなの!」
ーーと、どこか必死さを伺わせながらあわあわと説明しているユウ。その様子はどうも怪しく、なにかを隠している……なんて思考に至るには十分な反応であった。
「……あのな、そこは俺に気を遣わなくていい。正直に言ってくれ」
「う、うん……。和馬君の言う通り、財布を取りにくるのを待ってたの。担任の教授に届けようと、研究室をノックしたら『今忙しいから後にしてほしい』って言われて……」
「それは本当に悪いことをしたな……。ごめん」
いつ来るか分からない。財布を忘れたことに気付かず取りに来ない可能性だってあった。
『来るとしたら何時だろう……』『もしかしたら来ないかもしれない……』なんて不安は間違いなくあっただろう。
そんなことをユウにさせてしまったことに対して、拭えきれないほどの罪悪感が生まれてしまう。
「いいよいいよ! これでこの前、和馬君に助けてもらったお返しが出来たから! でも……和馬君はどうして分かったの? 財布を取りにくるのを待ってたって」
「誤魔化そうとするのが下手くそだから。ユウが」
「そ、そんなぁ……」
誤魔化すことに自信があったのだろうか、肩を落としてどんでもなく落ち込んだ様子を見せている。
「……ほら、掃除道具は俺が直しとくから手でも洗ってきたらどうだ? 家まで送るから」
「う、うん。分かった……」
掃除道具を離して教室を抜けようとするユウに、優しい声音で感謝の言葉をもう一度伝える。
「ユウ、本当にありがとな。助かったよ」
「……っ。ズルイよね、そうやっていきなり……」
「ん?」
「和馬君はなにも分かってないんだから……」
ユウは頰に紅葉を散らし、手洗い場に向かって行った。
その時ーー和馬はその時気付く事はなかった。丁寧に折り畳まれた小さい紙をユウがポケットに入れたことに。
その光景を……今までの会話を見聞きする者が、あと一人いたことも知らずに……。
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