第20話 難攻不落の要塞の姿
「えへ、へへへ……っ。どうしよう、カズマとデートだ……。デートなんだぁ……」
和馬とデートの約束を取り付けた紬は、蕩けた笑みを隠すこともせず大学に到着する。心踊るとはまさにこのことで、和馬といつデートに行けるのか……そんな期待でいっぱいだった。
(ど、どうしよう……。楽しみだよ……っ。やばいよ……!)
いろいろな想像を膨らませ……側から見れば不気味なほどに嬉しそうな笑顔を浮かべる紬にーー
「おっ、そこの君!」
「……っ!?」
目の前のことなど上の空だった紬は、知らない男に声をかけられ現実に引き戻される。
「あぁー、びっくりさせたようでごめんね? 少し君と話がしたくって」
「お、お話……ですか?」
「そう。君が可愛くってついね……」
と、ウインクしながら声をかけてくる先輩らしき人物に紬は一歩……二歩下がって距離を保つ。
「そうだねぇー、じゃあまずはどこかのサークルに入ってたりする?」
「……入ってないですけど」
「じゃあさ、俺が入ってるサークルに来ない? 飲み会とか旅行とか行ったりするんだけど……どうかな? もちろん、参加も自由で良いから」
「ごめんなさい。お断りします」
「えぇー? そんな怖い顔しないでさ、さっき見たいに笑顔笑顔」
「嫌」
もし、今の紬の顔を……その冷たい声色を、和馬が見聞きしていたのなら呆気に取られること間違いなしであろう。
これは……和馬に一度も見せていない姿。
告白を断り続けただけでなく、ナンパのような類いには拒絶を示す。これが《難攻不落の要塞》と呼ばれる理由の一つでもあった。
「君みたいな可愛い子がサークルに入ってくれたら、嬉しいんだけどなぁー。……あ、それじゃあ、連絡先だけで良いから交換しない?」
「スマホを持って来てないので」
「またまたぁ。冗談キツイよ? そんなにガードを硬くしなくていいからさー。ただ連絡先を交換するだけじゃん」
「仮にスマホを持って来てたとしても、それが嫌なんです」
そこに蕩けた表情で微笑む紬はいない。誰にでも優しく接する紬はいない。今、そこにいる紬は己の身を守るスイッチが入った姿である。
「オレ、結構モテる方なんだよ。ほら、顔とかカッコいいでしょ? こんな男の連絡先をもらえるなんてラッキーじゃん」
「あなたよりもっとカッコいい人、知ってますから。……その人の方がずっとカッコいいです」
「ふぅん。可愛い子は言う言葉が違うねぇ……。じゃあ、身体のお付き合いってのはどう? 君も興味あるでしょう」
「……あなたとするくらいなら死んだ方がマシです。初対面でそんなこと言えるなんて、どうかしてますよ」
「そんなこと言って、今後悔してるとか?」
壁を作る紬をどうにか倒そうと奮闘する男子大学生。だが、この壁はただの壁ではない。鉄の壁ーー鉄壁である。
「あなたがわたしをどう見てる分かりませんが、その誘いに乗るほどチョロくないですから。別の女の子を当たってください」
「さっきまであんなに嬉しそうにニヤニヤしてたから、余裕で落とせると思ったんだけど……。もしかして、好きな人のことでも考えてたのかな?」
「あの、もう行って良いですか。これ以上時間を使われると困るんです」
「こ、困る……?」
「……来ちゃった」
男子大学生が首を傾げ……紬がそんな一言を発したその時……。こちらに近付いてくる影があった。
「紬、一体どうしたんだ?」
「カズマ……。ううん、なんでもないよ」
小首をふるふるさせながら微笑を浮かべる紬。その声音も普段通りに戻っている。ただ……その代わりようを見た男子大学生は、目を皿のように大きくした。
「そんな雰囲気には見えなかったんが……。この人はお前の知り合いか?」
「……うん。今さっき、わたしが落としたハンカチを拾ってくれたの」
「はぁ……。しっかりしてくれよな」
頭を掻いて呆れた様子を見せる和馬は、紬のハンカチを拾ってくれた相手に頭を下げて礼を言う。
「……えっと、紬のハンカチを拾ってくれてありがとうございます。お世話になりました」
「あ、ああ……。気にしないで大丈夫……大丈夫」
「それじゃあ早く教室に行くよ? カズマは来るの遅いんだから……」
和馬が礼を言い終えた後に、その裾を引っ張る紬。その行動には声をかけて来た男から離れたい……という魂胆があったのだ。
「お前が先に行ったんだろうが。追いかけたのに近くに居ないし」
「そ、それはごめんなさい……」
「まぁ、無事合流出来たからいいけど」
そうして、もう一度ハンカチを拾ってくれた相手に頭を下げた和馬は紬と一緒に教室まで向かう。
「しっかし、あの雰囲気を見るにサークルの勧誘とかされてると思ったんだが……違ったんだな」
「し、心配してくれてるの……?」
「お前は声を掛けられたらホイホイ付いて行きそうだし、心配するのは当然だ」
「そ、そんなことないもん……」
「はいはい、画鋲踏もうな」
「嘘ついてないのに……」
和馬は知る由もない。……紬が知らない男に声をかけられた時に、上手く回避する技を持っていることに。そこに、か弱い紬はいないことに……。
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「彼氏にだけ気を許してる可愛い女の子、か……」
取り残された一人の男はそんな呟きの後、ガクリ……と肩を落とすのであった。
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