第19話 勇気を振り絞れば……
『ピンポーン』
翌日の早朝、和馬の家の呼び鈴がなる。
それはもう大学に行く際の日課になりつつあるもので、呼び鈴が鳴るのは殆ど同じ時刻。その相手が誰かというのも大体の予想が出来ている。
既に準備を済ませ終えていた和馬は、その相手を待たせることなく玄関扉を開けた。
「おはよう、紬」
「ぉ、おおおはよ!?」
「な、なんだその挨拶……。わざとしてんのか?」
なんだか意味の分からない挨拶に、和馬は眉間にしわを寄せながら首を傾げる。
だが、紬がこんな挨拶になってしまうことは仕方がなかった。……紬はある一歩を踏み出す覚悟でここに来ている。その緊張が突として襲ってきたのだから。
「……はっ、い、今のは……ツッコミを入れて欲しかっただけ!」
「朝からツッコミを入れる俺の気持ちにもなってほしいもんだな……。まぁいいや、早く大学に行くぞ」
「カ、カズマは寝不足なの……? 目にクマが出来てる」
「まぁなー。はぁぁ〜」
欠伸をしながらカバンを肩に背負う和馬を見ながら、昨日まで出来てなかったクマを見つけて紬は問う。
「昨日はいろいろあって眠れなかったんだ。悩みってやつ」
「な、悩み……? そ、それはわたしに相談出来ること?」
「で、出来るわけないだろ……」
「わたし、カズマの相談にならなんでも乗るから。いつでも頼ってね」
「……っ! んなこと言うなよ。……相談したくなる」
その優しい気遣いに思わず本音が出てしまう。しかし、こればかりは相談出来る事ではない。
何故なら、昨日眠れなかった原因は『紬の好きな人が誰なのか』そのことをずっと考えていたのだから……。
「あれれ、今日はヤケに素直だね」
「……俺はいつも素直だ」
「嘘をついたら、画鋲を踏まなきゃダメなんだよ?」
「その言葉は初めて聞いたな……。しかもかなり痛いやつだし」
『針千本飲ます』と比べたらまだ優しいほうなのかもしれないが、強制されてもやりたくはない。
そして……ゆっくりとした足取りで大学に向かう最中、紬は和馬に小さな声をかけた。
「ねえカズマ……。今度で良いんだけどね……」
「どうした改まって」
紬の様子の変化に気付かない和馬ではない。声が聞き通れるように少し距離を詰める。
「あ、あの……。こ、今度で良いから……わたしのお買い物に付き合ってほしいの……。わ、わたしのお願いを聞いてくれるの、あと一回残ってるから、それを使って……」
「……」
そのお願いを聞いた和馬は、無言の状態で怪訝な表情を作る。
「だ、だめかな……」
「……紬の誘いは嬉しいが、それはお前が好きな相手に断られてからにしないとダメだろ」
「カズマじゃないと、やだもん……」
「わがままを言うな。俺を買い物に誘うってことは、紬が好きな相手に勘違いをさせる可能性しかない。それを踏まえて言ってんのか?」
そう、好きな相手が居るのにこんなことをすれば、勘違いされることは目に見えている。……それも、話の流れから察するに、買い物に付き合うのは休日のことだろう。
学園帰りの買い物ではない。最低半日を使う買い物。その買い物に付き合えば、勘違いや誤解が生まれるのは想像するまでもない。
もし、誤解を生ませれば……なんて汚い考えも湧き出てくるが、惚れた相手の恋を応援したい……と、和馬は思っていた。
「それは平気だもん……。で、でも、それだったらカズマにも同じことが言えるから……」
「い、いや……俺は平気だから紬に聞いたんだが」
「え、えっと……じゃあ、カズマはわたしが良ければ付き合ってくれるの……?」
「まぁ、そうなるな……」
そもそも、誤解や勘違いされる相手などいないのだ。何故なら、この二人は互いに想い合っているのだから。
「そもそも紬は俺でいいのか? 誤解されても責任取れんぞ」
「カズマがいい……」
「そ、それなら別に良いけど……」
「……本当にありがとう……。すごく嬉しい」
「礼なんていい。俺はただ買い物に付き合うだけだからな。……だが、下着コーナーとかに連れて行くなよ? 紬が好きな相手の下着の好みとか、全然知らないんだから」
和馬には、男ウケしそうな下着を紬が選び……男性である自分にアドバイスを求めている姿が脳裏に
その目的は、好きな相手に意識してもらうため。好印象を与えるため。
仲の良い男性に下着のアドバイスをもらうという実例は少ないようで意外と多いのだ。
「なっ! そ、そそそそんな準備は出来てないからっ! ま、まだ早いから……っ!」
「わ、悪い……。付き合ってない状態でそれは早いな……」
「そ、そうだよ……っ。ま、全く……カズマは気が早いんだから……」
「……あ?」
「……っ!?」
そこで、紬の口から何故か『和馬』の名前が出てくる。
「今、意味のわからない発言が出たんだが……一体どう言う意味ーー」
「と、とにかく……デ、デートすることは、や、約束だからねっ! ば、ばいばいっ!!」
そうして、追求しようとした和馬を他所に、両手をバタバタさせながら顔を真っ赤にした紬は一人で大学の方面へと向かって行くのだった……。
「ばいばいって……大学ですぐに会うんだが……」
一人取り残された和馬は、ボソッと呟き空を見上げる。
「デート、か。……紬は好きな人と俺を重ね合わせるつもりか……。ったく、悔しいもんだ……」
『デートに慣れることを目的に自分を誘ったのだろう……』と、和馬が勘違いする最中……、舞に背中を押され、紬は勇気を振り絞った行動がちゃんと出来たのである。
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「お、おい……今走って行った、くそ可愛い女の子……《難攻不落の要塞》じゃなかったか?」
「まぁ、顔を赤くしてめっちゃ可愛い子だったけど……《難攻不落の要塞》があんな表情するかな……」
「い、いや……多分アレ……、間違いないよ……。俺、あの伝説の先輩に彼氏出来たって聞いたから……」
一人の男子高校生の発言に、連れの二人はギョッとした目を向けた。
「じゃ、じゃあ……その後にすれ違った男の人って、舞の姉ちゃんの彼氏なのか……」
「お、おいおい……。《難攻不落の要塞》にあんな顔をさせられるって、ナニモンだよ……」
「と、とりあえず……カッコよかったことは確かだね。その彼氏さん……」
「「あ、ああ……」」
紬と和馬がすれ違った3人の男子は、そんな会話をしながら《難攻不落の要塞が》卒業した高校に……舞が通う高校に足を運ぶのであった。
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