第18話 瀕死した紬

 その夜、紬家ではーー


「つ、つむぎ姉が瀕死ひんししてる……。これはまるでセミの最期。セミ・ファイナルだ」

 長いソファーにうつ伏せになり、ぴくりとも動くことなく悲壮を漂わせる紬に、容赦ないツッコミを入れる妹の舞。

 このセリフはテレビで見たネタを真似したものである。


「セミファイナルは準決勝だよ……舞」

「お、ツッコミを入れる元気はあるんだね」

「……ないよぉ」

「つむぎ姉……一体何があったの? まぁ、つむぎ姉がこんなになるって理由は一つしかないけど」


 うつ伏せになる紬の隣に腰を下ろす舞は、真綿のような柔らかく光沢のある髪を優しく撫でながら問う。


「カズマ……」

「やっぱり。それで和馬くんがどうしたの? もしかしてフラれたとか……?」

「フラれた方がまだ良かった……」

「え、えっと……詳しく教えて欲しいんだけど」


 困惑気味に頰を掻く舞に、ようやく顔を上げる紬。その顔はいつ涙が流れ落ちるのか分からないほどに瞳を潤ませていた。


「……カズマに彼女いないこと、舞が聞いてくれたよね……」

「うん、それで和馬君には彼女がいないことが分かって……ここからどうしたの?」

「カズマに彼女がいない理由……好きな人がいるからだったの……。しかも、ずっと想ってるんだって……」

「……ずっと、ねぇ」

 そこで、確かな引っかかりを覚える舞。


「誰にも渡したくない相手だって……。大切な相手だって……言ってた。他の女の子を好きになることもない……って」

「それで、ショックのあまりこんな体勢になっていると」

「なにも力が入らないよ……。わ、わたし……ずっとカズマが好きだったのに……ぐすっ」

「あーあ、泣かないでよ」


「泣いてなんか……ない。……目が痒いだけ」

「その言い訳は流石に苦しいと思うんだけどなぁ」

 頰に流れ落ちる涙を拭う紬は、必死の言い訳をする。泣き顔を見られたくないと思うのは誰だって一緒だ。


「つむぎ姉は和馬くんの言動をちゃんと見て、自分に可能性がないと思ったの?」

「どう言う……意味、なの?」

「和馬くんが『誰にも渡したくない相手』とか言ってたんでしょ? その時の和馬君の様子はどうだったのかを聞いてるの」

「見る余裕がなかった……。ショックを隠すので精一杯だったから……」

「あーあ、和馬くんの気持ちを知る数少ないチャンスだったのに」

 

 舞の発言は正しいもので、あの時の和馬を様子を見ていれば何かしら感じるものはあっただろう。

 『誰にも渡したくない相手』それは、まごうことなき紬に宛てた言葉なのだから。


「……それじゃあ、そんなつむぎ姉にとって嬉しいことを教えてあげるよ」

「う、嬉しいこと……」

「まず、つむぎ姉は和馬くんの言う好きな人に当てはまってるってこと。つまり、可能性はゼロじゃないってことだね」


 人差し指を立てて、順序良く教えていく舞。


ずっと、、、想ってきたってことは、中学、高校の相手って可能性が高いと思う。大学生の人が好きだったら、ずっとなんて言葉は使わないと思うし」

「……うん」

「和馬くんとつむぎ姉は幼馴染。それでいて、小中高は全部一緒。この時点でつむぎ姉はずっと、、、って言葉に当てはまってる」

(この考えだと、うちにも可能性があるわけなんだけど……それはないだろうしね) と、自己完結させた舞は話を進める。


「第一、和馬くんがつむぎ姉を好きって可能性を捨ててる時点で間違ってると思うけど」

「な、なんで……」

「何度も言ってるじゃん、自慢のお姉ちゃんだって。あと、これは言ってなかったんだけど、うちの友達には和馬くんとつむぎ姉が付き合ってるって言ってるんだから、早く付き合ってよね。いつまでも嘘つきにはなりたくないから」

「え、えええっっ!?」


 自分の知らないところで、ずっと追い掛けてきた相手と付き合ってるなんてデマを流されたら、驚くことも無理はない。


「この際だから言うけど……うちの高校に和馬くんを狙ってる女子いるよ。しかも複数人。まぁ、友達なんだけどさ」

「……っ!?」

「その友達、なんだかんだで諦めないタイプだからウジウジしてないほうが良いよー? 取られてからじゃ遅いんだから」

「……取られてからじゃ、遅い……。そ、そうだね……」


「それに、その友達なら『他の女の子を好きになることもない』って和馬くんが言った言葉を、『じゃあ覆せば良いだけだねー』って、何食わぬ顔で答えるぐらい強敵だから」

「す、すごいね……その友達」


「つむぎ姉には、その友達を少し見習ってほしいかな。好きな人がいたくらいで諦めるのは本物の恋じゃない……って別の友達が言ってた」

《難攻不落の要塞二号》と、姉である紬から受け継いだそのあだ名から、舞にはたくさんの友達がいる。

 そして、その友達から数知れない色恋沙汰の話を良くされるのだ。


「うちがつむぎ姉に言いたいのはこれだけ。……あ、さっきのつむぎ姉の瀕死した姿、写真に撮ってるから和馬くんに送信しとくね」

「んなぁ!? 」

 ソファーから立ち上がる舞は、ポケットに入れているスマホをヒラヒラさせてニンマリとした笑みを浮かべる。


「そうだなぁ〜。つむぎ姉がストックしてある黒糖きな粉アイスを一つくれるなら、この写真は削除するよ」

「こ、この……」

「文句あるのー? それじゃあ、早速送信しちゃおうかな」

「ま、ままま待って! 分かったからぁ!」

「やりぃ! ……それじゃあ、うちは先にお風呂入ってくる。約束はちゃんと守るから安心してね」


 そんなセリフを言い残した舞は、予め用意していたパジャマを取ってお風呂場に向かって行った。



「……」

 舞がお風呂場に入り、扉が閉まる音を聞いた紬はソファーから冷凍庫まで移動する。


「励ましてくれてありがとう、舞……。わたし、頑張るね……」

 そうして、舞の分の黒糖きな粉アイスを二つ、、上に出しながら、紬は小声で呟いた。

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