第17話 動き出す歯車とキモチ

「はぁ、今日の料理はなんにするかな……」

「いいなぁ、カズマは……。料理が出来て」

 大学での帰り道。和馬は紬を隣に連れて帰路を辿っていた。


「そういや、紬はお母さんからキッチン立ち入り禁止令が出されてるんだったな」

 キッチン立ち入り禁止令。それは名前の通り、料理中はキッチンに入れないという条例である。


 そうなった理由ももちろんあって、紬が誰かの料理中にキッチンに入れば調味料を床に溢したり……コップやお皿を落としたり……と、なにかしらの人災が起きる。

 さらには包丁を扱うのが苦手で、料理の手伝いもままならないという意外な面がある。


「わたしだって……料理したいのに」

「……お母さんの判断は間違ってないと思うぞー? お母さんは怪我をして欲しくないから言ってるだろうし、俺もお前には怪我して欲しくないし」

 

 想い人である紬だが、それ以前に幼馴染の関係でもある。怪我に対する心配があるのは当然のことだ。


「カズマってさ、いきなりそんなこと言って来るよね。ずるいと思う……」

「いや、こんぐらいで照れるなよ」

「て、照れてなんかないもん……」

 なんて言う割には、耳まで赤くしてそっぽ向く紬。そんな紬に対してイジワルをしてみたく感じるのは……好きな人をからかいたいことと同じ。


 和馬はそっぽ向く紬に対して『じぃー』と視線を定める。


「こ、こっち見るなぁ……!」

「おいおい、押すなって……」

 案の定、その視線に気付いた紬は全力であろう、か弱い力で和馬の背中を両手で押してくる。背中に伝わる紬の小さく柔らかい手に必死に動揺を隠す和馬。


「ふんっ、カズマなんてもう知らない! マンホールに落ちればいいのに」

「斬新だなそれ」

「お、落ちて戻ってくればいい……」

「優しいのか、優しくないのかはっきりしてほしいもんだな」


 そうして、二人は適度な距離を保ちながらゆっくりと歩みを進めていった。



 =======



「カズマ……あのね」

「んー?」

「料理が出来ない女の子……って、どう思う? あ、この聞き方は違う。……も、もし、カズマに彼女が出来て、その彼女は料理が出来なかったらカズマはどう思うう……? や、やっぱり料理が出来た方がカズマは嬉しい……?」


 紬の家に残り数分で着く……その辺りで紬は突とした質問を投げかけてくる。

 それは話題作りではなく、紬がどうしても気になっていることなのだろう、チラチラと細かな視線を感じる。


「そうだな……。どっちもどっちってとこじゃないか?」

「ふ、ふーん。その理由を教えてほしい」

「彼女の手料理を食べたい気持ちもあるが、俺の料理を食べてくれるってのも嬉しいし、……俺は彼女と一緒に居られれば十分」


 それは和馬の本心。料理以前に、彼女と一緒に居られれば良いというのは贅沢なものである。好きな人と一緒にいられるだけで、幸せな気持ちになれるのは間違いないのだから。


「それに……これを言うのは恥ずかしいんだが、俺は彼女に尽くしたい側の人間だし」

「カズマは尽くすんだ……」

 なにやら、その言葉を噛みしめるようにボソッと呟く紬。


「悪いか?」

「ううん、良い」

「『良い』って返事、軽く流された気分なんだが?」

「……じゃあ、ものすごく良い。カズマの彼女さんは幸せになりそうだね……」

「まぁ、こんな偉そうなこと言って、彼女いない=年齢の俺だけどな」

「わたしもそうだよ」


「……」

「……」

 ーーそこで唐突に襲ってくる静寂。


「いや、なんでそこで無言になるんだよ」

「カズマこそ……」


「これ、ずっと思ってたことなんだが……紬に彼氏が出来ない理由がさっぱり分からん……(俺ならすぐ立候補するのに……)」

「わたしにもいろいろあるんだよ(カズマを待ってるからなのに……)」


 お互いの気持ちを知らない。そして、今の関係が壊れる可能性があるからこそ、これ以上お互いに突っ込むことは出来ない。


 だがしかし、ここで和馬の何気ない質問が二人の歯車を動かすことになる。


「……も、もしかして紬、好きな人がいるとか?」

「ーーっ!?」

 ビクッ! 歩みを止め、肩を跳ね上がらせる紬。その反応は間違いなく肯定を示している。


「え、その反応……マジかよ……」

「カズマだけずるいよっ! なんでいきなりそんなこと言うのっ!? もう2回目じゃんっ!」

「い、いや、それなら彼氏がいない理由に繋がるが……って、本当にマジなのか……」


 和馬は必死に我を保つ。ショックな気持ちを必死に覆い隠す。ずっと好きな相手だった紬に好きな人がいる……なんて勘違い、、、をしていることに気付くこともなく。


「こ、この際だからカズマのことも教えてよ……。カズマには好きな人がいるの?」

「え、えっと、それは……」

「嘘付いたらパンチするから……ね」


 この時、和馬は冷静さを失っていた。ずっと想ってきた相手に『好きな人がいる』と、暴露されたのだから……。


「……いるよ。俺にも……好きな人が」

「え……」

「そいつだけは誰にも渡したくない。俺の大切な相手」

「だ、誰っ!? その女の子って! わ、わたしの知ってる人っ!?」


 冷静さが欠け、本音を次々と漏らしていく和馬。その言葉を聞いて当然ながら焦り慌てる紬。


「いや、なんでそんなに動揺してんだよ。紬には関係ないだろ?」

「やっ、その…………」

「しっかし、紬に好きな人がいたのか……。こりゃ厄介だな……」

「うん、ほんと厄介だよ……」

「え?」

「あっ……」


「いや、なんで紬が厄介なんて言うんだ?」

「カ、カズマこそ……」

「……」

「……」

 そして、再び襲って来る静寂。


「紬……一つだけ教えてくれないか」

「う、うん……」

 重たい空気に気まずい雰囲気。その二つが容赦なく襲ってくる。


「紬の好きな相手から……別の相手を好きになる可能性ってあるか?」

「ないよ……。わたし、その人をずっと追いかけてきたから……」


 紬は両手の人差し指くっつき合わせ、顔の前に持ってきながら嘘偽りない言葉を伝える。それは、和馬を想ってのこと。その想いに気付いて欲しいからこそ言った言葉でもある。


「逆にカズマはどうなの……?」

「俺も別の女子を好きになることはないな……。そいつのことをずっと想ってきたから」

「そう、なんだ……」

「ああ……」


 紬と和馬は同じ気持ち。他に好きな相手が出来るなど考えられないのだ。

 その気持ちに気付くわけもなく……、互いにモヤモヤとした気持ちのまま紬の家に到着し、別れが訪れる。


 だが、一度動いた歯車はそう簡単に止めることが出来ない。この気持ちにある者が気付くのは時間の問題であった……。

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