第15話 バイト先で……その③
「おまたせ、ユウ」
「えっ、和馬君……な、なんで着替えてるの? まだバイト中じゃ……」
湯気の立ったコーヒーを
「早めの休憩をもらってな。……もし良ければなんだが、隣座っていいか?」
「そ、それは全然大丈夫だけど……」
「ん? なんか含みのある言い方だな」
和馬は入れ立てのコーヒーをユウに渡し、椅子を引いて腰を下ろす。
「か、和馬君はさ……私を気遣ってここで休憩してくれてない……? そ、その、さっきみたいに絡まれないように……」
何かを含んだ言い方だったのは、ユウが和馬から『気遣い』を受けていると感じたからだった。
ユウが男連れだった場合、そして一人じゃなかった場合、あの輩に絡まれることはなかったのかもしれない。
絡まれた原因が『一人で居た』ことを分かっているユウだからこそ、気遣われているとの考えが生まれたのだ。
「へぇ、なんでそう思うんだ?」
「だ、だって、大抵のお店の従業員さんはスタッフルームで休憩するはずでしょ……?」
「知り合いがいるのに、スタッフルームで休憩するのはもったいないだろ。どうせ休憩するなら、身体を休めながら楽しく過ごせるほうが良いと俺は思ってるんだが」
「ほんとー?」
「本当だ」
疑惑の目に正々堂々と向かい合う和馬だが、一瞬だけ目を逸らしてしまう。
「……ふふっ。素直じゃないんだから、和馬君は……」
「ったく。分かってんなら、追求すんじゃねぇよ……」
「ごめんごめん。でも……和馬君がそうしてくれるなら、甘えちゃおうかな」
「そうしてくれ。俺も話し相手が欲しかったし」
この店では、従業員はスタッフルームで休憩しなければならないというルールがある。しかし、ユウを放っておけばもう一度絡まれる可能性だってある。
来店されているお客様に迷惑をかけないためにも、ユウをこれ以上怖がらせないためにも……と、店長に相談し、許可をもらったのだ。
「あ! 和馬君、何か頼む? 特別に奢ってあげるよっ!」
和馬の机には斎藤さんが購入してくれたカスタードプリンが置いてあるが、ユウはそんな提案をしてくれる。
「本当はコーヒーが飲みたいんだが、飲んだら飲んだで腹が痛くなるから遠慮しとく」
「はははっ、なにそれー!」
どこか吹っ切れたようにカスタードプリンを口に含む和馬を見て、口元に手を当てて笑い声をあげるユウ。
「和馬君ってさ……、さっきと今じゃ雰囲気が全然違うんだね」
「ん? それってどういう意味だ?」
「うん……。さ、さっき私を助けてくれた時は恐竜さんみたいだったのに、今はいつも通りだから……」
「大学生が使う表現じゃないことは確かだな。さっぱり分からん」
「わ、分かっちゃったら困るよ」
「特に恐竜ってのが謎だ。何故に恐竜をチョイスしたのか……」
「さあ、なんででしょう」
悪戯っ子のような笑み、そして今の状況を楽しんでいるかのような笑みを見せるユウは、大きく口を開けて苺のパンケーキを食べる。
「……美味しいか?」
「うん、とっても!」
「それは良かった」
働いている店を褒められると言うのは、自分が褒められたことと同義で嬉しいことでもある。
ーーそうして、時間が少し経った頃。
「……和馬君って大人っぽいよね」
唐突に投げかけてくるユウ。
「まぁ、俺は一年留年してるからそう思うんじゃないか?」
「それでも大人っぽいよ」
「ん、驚かないんだな。『ええっ!?』みたいな反応がくると思ってたんだが」
「私のお兄ちゃんは二回留年したし、大学生だったら留年はおかしなことじゃないから」
ユウに留年を驚かれないのは正直意外だった。だが、その反応は留年した者にとっては嬉しいこと。変に壁を作ってしまうのは仕方がないが、同い年として接して欲しいのは皆同じ。だからこそ、和馬の表情は和らいだ。
「……あんなことあったばっかりでこんなことを言うのはアレなんだが、本当に良い店だからまた来てくれよな? ユウ」
「か、和馬君にそこまで言われたら断れないなぁ……。しょ、しょうがないからまた来てあげる!」
「それでこの店の売り上げに貢献してくれ」
「あぁ、それが目的かー!」
売り言葉に買い言葉。一歩上を行っていたのは和馬の方であった。
そして……時間はゆっくりと過ぎ、25分ほどが経った。
その頃にはユウのお皿も、和馬のお皿も当然空になっている。
「さてと……。私、そろそろお家に帰るね。じゃないと、和馬君が休憩から戻れなさそうだし」
和馬がユウと相席している理由は、休憩する理由もあり……絡まれないようにするため。その理由を知るユウだからこそ、自ら切り上げた。
「そっか。なら外まで送ってくよ」
「良いって良いって、そこまで気を遣わなくて!」
「送らせろ。それがこの店のルールだ」
「えっ? 和馬君のことずっと見てたけど、和馬君が送っていたお客さんいなかったよね……?」
「…………送らせろ」
少しの間を開けた後に、同じ言葉をユウにかける。
「うっわー、強引だなぁ……」
「……そう言う割には少し嬉しそうにしてる気がするが?」
「一つ教えてあげる。……女の子ってのはね、少し強引にされるくらいが丁度良いんだよ?」
「それはユウがMなだけだろ」
「どちらかと言うとSな私が言うんだから間違いない! でも……紬ちゃんは絶対ドMさんだからなんの心配も無し!」
「はぁ、なんでそこでアイツが出てくるんだよ」
「えへへ、なんとなーくね」
そうして、弾む会話をしながら最後までユウを見送る和馬だった。
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《sideユウ》
(初めてだったな……。私を守ってくれた人……)
私は
そうじゃないと、和馬君はずっと私を見送りそうだったから……。
(ほんと、和馬君は恐竜さんだね……)
私は足を止めて、空を見上げながらブロック塀に寄りかかる。
今は
私は小さい頃からそのような動物が好きで、恐竜はなんといってもカッコいい……。特に、敵と戦っている時の表情なんかは……。
(あの時、カッコよかった……なんて言えるはずないもんね……)
思い出すだけで高鳴る胸の鼓動。身体全身が熱くなってくるのを直に感じる……。
(紬ちゃん……いいなぁ。和馬君と昔からの知り合いで……)
優しくて、気遣いが出来る和馬君……。
そんな和馬君と私が同じ中学、高校だったなら……どんな楽しい思いが出来たんだろう……。
そんなことを無意識に考えてしまう。
「和馬君…………か」
その名前を呟いた瞬間、私の胸はさらに高鳴り息苦しさが襲ってくる。
でも、その感じは決してイヤなものではありませんでした……。
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