第14話 バイト先で……その②

「なあなあ、そこの嬢ちゃん。今暇してない?」

「俺達、暇してるからさぁ、一緒に遊ばねぇ?」

「……苺のパンケーキにブレンドのコーヒー。はぁ、楽しみだなあ」


 金髪の二人組に声を掛けられているなんて知る由もないユウは、厨房に視線を集中させながら機嫌よく鼻歌を鳴らしていた。


「おーい、そこの嬢ちゃん。俺達の話を聞いてるか?」

「そこの君だよ、きーみ」

 金髪の二人組は、ユウが座る正面側の席に腰を下ろし、テーブルをドンドンと叩く。この時点で客としてのマナーは皆無である。


「……あ、え、えっと……わ、私に声を掛けてたんですか……?」

 見るから悪そうな二人に声をかけられたユウは、身体を縮こませて恐怖の色を漂わせる。


「そりゃそうだろ。嬢ちゃん以外に可愛い子いねぇし」

「もう一回言うけどさぁ、俺達と遊ばねぇ? ずっと暇してんだよ」

「あっ、そ、その……これから用事があるので……す、すみません」


 ユウは『ナンパ』について行くようなタイプではない。そして、見ず知らずの男について行くような軽率な行動を取ったこともなかった。

 

「はぁ? 用事があるとか嘘付くんじゃねぇよ。用があるやつがこんな場所に一人でくるわけねぇだろ」

「大丈夫だって、悪ぃことは何もしねぇからさぁ」

「ほ、本当に用事があります……から……」


「そんな怖がらなくて良いって嬢ちゃん」

「そうそう、俺達と遊んでくれるだけで良いんだからさぁ。良いもん持ってんだし、へへへッ」

 そして、金髪の二人組はサロペットから盛り上がる胸部にいやらしい視線を向け、不気味な笑い声をあげる。

 その二人がユウに注ぐ視線には確かな下心があった。その下心はユウが中学から向けられていたもので、己が一番嫌いとするもの。



(だ、誰か……誰か助けて……)

 顔を右往左往させても、周りの皆は誰も視線を合わせてくれない。関わり合いないのは誰だって同じ……。それが分かるユウだからこそ、怒りという感情は湧いてこなかった。


 そして……このままでは和馬がバイトしている店に迷惑をかけてしまう。

(行かないと……ダメなのかな……)

 ユウが内心諦めていたときだった。


「お待たせしました、お客様。こちら、苺のパンケーキとブレンドコーヒーになります」

「か、和馬君……」

 ユウの注文を受けた料理を何食わぬ顔で並べる和馬。その動きは金髪の二人組を全く気にした様子はない……いや、空気のような扱いをしていたのだ。


「おいおい、良いタイミングで邪魔すんじゃねぇよ」

「空気が読めねぇとか、意味分かんねー」

「何を言っているのでしょう。私の方こそ意味が分からないのですが」


 料理をテーブルに運び終えた和馬は、お盆を片手に持ち替えてにっこりと笑みを浮かべる。


「『何を言ってるのでしょう』じゃねぇだろ!」

「お前のせいで台無しじゃねぇか……クソが」

「それはそれは申し訳ございません。……しかしながら、これ以上こちらのお客様にご迷惑をかけるようならば、お店側としてもそれ相応の対応をしなければなりません。あなた方のせいでお店の印象が悪くなっては困りますので」


「生意気な口を叩くんじゃねぇぞ? クソ店員が!」

「俺達は客だぜ? 店側にとっちゃ、客は神さまだろ!」

 とうとう、金髪の二人組は青筋を浮かべながら立ち上がり、そのまま和馬の胸ぐらを掴みかかった。


 それでも、和馬は動じた様子を見せることはない。……寧ろ、何か弱みを掴んだかのように得意げな表情を作った。


「そもそも、この店に来店された目的がナンパなのですから、あなた方をお客様とは呼べません。ですから私はあなた方を一度もお客様とは呼んでいなかったはずです」


 和馬は反論を述べながら胸ぐらを掴む男の手を掴みーーニッコリ。

 手加減をすることなく、その男の手首をグイッと捻る。……その手首を捻るまでの動きにはなんのモーションもなく、ーー確実な痛みを加えていく。


「い、いででででででッ!!」

「……お、おいっ!?」

「あのですね。一つだけ言いますが、お客様がお店を選ぶことと同じよう、お店側にもお客様を選ぶ権利があります。……誤解のないように言っておきますが、『選ぶ』というのは、その店に相応ふさわしいお客様かどうかという事です」


 和馬は相手の捻っていた手首を離し、言葉を続ける。


「あなた達は注文を取るわけでもなく、ナンパ目的でここに入店した。この時点であなた方にはこの店の客を名乗る資格などありません。『客は神様』と言うならば、まずはその立場になってからおっしゃって下さい」

「痛ぇ……」

「くっ……」


「もう一度だけ言います。……これ以上このお店に、そしてお客様にご迷惑をかけるようならば、速やかに警察に連絡を入れます。これが我々店側の判断です。……仮に暴れようものなら、営業妨害で捕まることを覚悟でお願いしますね」


 和馬はポケットから、スマホを取り出し手慣れた様子で番号を打ち込む。そして、呼び出しのボタンを押せば繋がる状態で、金髪の二人組にその画面を見せた瞬間ーー

「……ク、クソがッ!」

「……こ、こんなクソ店、二度と来ねぇかんなぁ!」

 客から向けられる冷ややかな視線。そして、『警察』というワードに金髪の二人組は大慌てで店を去って行った。


 問題が過ぎ去り、『はぁ』と小さなため息を吐く和馬は、スマホをポケットに閉まった後にユウに話しかける。


「助けが遅れて悪かったな、ユウ」

「ううん……ありがとう、和馬君……」

「いや、気にしないでいい。それよりコーヒーの方が冷めただろうし、新しいの持ってくるから」

「そ、それこそ気にしないで大丈夫だからっ!」

 助けてもらった立場を気にしてか、ユウは両手を振りながら必死な抵抗を見せる。


「これは店からの詫びで、店長から言われてることなんだ。もし受け取らないならこのコーヒーぶっかけるぞ」

「和馬君……」

「あ……今の言葉は本気にしないでな」

 場を和ませるために冗談を交える和馬に、ユウは柔和な声音で微笑を作った。


「優しい、和馬君……」

「べ、別に優しいわけじゃない。これが普通の対応なだけ……だ」

「コーヒーをぶっかけることが普通の対応だなんて……ふふっ」

「もういい、熱々のコーヒー持ってくるから覚悟しとけ」


 恥ずかしさを隠すようにぶっきらぼうになる和馬はその後、客が全員見せる位置に移動し、深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


「……お客様方、先ほどは大変お見苦しい姿を見せてしまい申し訳ございませんでした。この場を借りて謝罪させて頂きます」

 すぐに頭を上げるわけでもなく、頭を下げ続ける和馬にーー

 パチ、パチパチ……パチパチパチパチパチ。

 まばらな拍手から、じわじわと大きな拍手が沸き起こる。


 その拍手を耳に入れた和馬は頭を上げ、「ありがとうございます」と、お礼の言葉を発した後に、いつも通りの足取りで厨房に下がって行った。


(カッコ良かったな……。和馬君……)

 その和馬の後ろ姿に、ピンク色に頰を染めるユウであった……。

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