第13話 バイト先で……その①
ーー時は過ぎ、土曜日の夕方を迎える。
私服に身を包む和馬は、バイト先である
「おはようございます、店長」
「おぉ、和馬じゃないか。元気にしてたか?」
「いつも通りって感じです」
「そうかそうか。それは良かった。留年したって聞いて和馬のこと気になってたんだ」
「心配かけてすみません。でも、もう大丈夫ですので」
和馬がこの店でバイトを始めたのは高校の頃で、店長の付き合いは二年ほどある。
バイトを始めた当初はミスを連発し、この店にたくさんの迷惑をかけて来たが、店長は嫌な顔を一つせずに何度も教えてくれた。
そんな店長の元で働くことが出来るのは、本当に嬉しいことである。
「……なんか嬉しそうな顔してるが、どうかしたのか?」
「いえ、何もないですよ。……あ、店長に一つだけ伝えたいことが……」
「おっ、なんだ?」
店長は椅子に座ったまま、前のめりになって耳を傾ける。
「この店をずっと気になってた友人が、今日来店するらしいんです。それで言いにくいんですが、先に角席を確保してても大丈夫ですか……ね? その友達、一人で来客するので角席の方が過ごしやすいと思いまして……」
「ほう、そりゃあ嬉しいなぁ……。客さんも少ないし、和馬の判断に任せる。……その分、和馬にはその友達をこの店の常連さんにしてほしい!」
今月の売り上げが少しピンチなのか、瞳に炎を宿らせた店長が強く訴えかけてくる。
「で、出来るだけ頑張ります。……では、時間になったので行って来ます」
「おう! 何か問題があったらいつでも呼んでくれ」
「分かりました」
そうして、
この仕事を始めてもう2年以上が経つ。これぐらいの手早さは自然と身に付いて来るものだ。
そして、数人のお客さんを捌いていた時。この店の常連さんである斎藤さんが入ってくる。
「あら、今日は和馬ちゃんがお仕事に入ってるのね」
「お久しぶりです、斎藤さん。いつもの席が空いてますのでそこで大丈夫ですか?」
「ええ、いつもありがとうね」
常連さんが来客する時間帯と、席位置はだいたい決まっていたりする。お店を良くしてもらっているお客さんにはそういった気遣いも必要なのだ。
斎藤さんを席に案内した和馬は、早速売り込みを始める。
「今月の新作はカスタードプリンです。甘さ控えめに仕上がっているので、宜しければどうぞ」
「そうねぇ……。和馬ちゃんはカスタードプリン好きかしら?」
「自分は好きですよ」
「それじゃあ、それを三つ貰おうかしら。二つは店長さんと和馬ちゃんの分で、仕事終わりに食べてくれると嬉しいのだけれど……どうかしら?」
と、優しく微笑みながら提案してくれる斎藤さん。
「よ、宜しいんですか?」
「もちろん。それが売り上げに繋がってくれたら嬉しいわ」
「ありがとうございます。それで……あとはいつも通りブレンドコーヒーと三種のチーズケーキで宜しいですか?」
「ええ。それでお願いね」
「かしこまりました。店長に伝えてきますので少々お待ちください」
先程のお礼も含めて深く頭を下げた和馬は、斎藤さん言葉を店長に伝えた後にフロアに戻り、様々な客の相手をする。
そして、常連の斎藤さんが店を後にした数十分後だった。
「ん? あれは……」
店の外にいたのは、今日この店に来ると約束していた者。
「おいおい、そんな所でうろちょろしてないで早く入ってこいよ……ユウ。凄い目立ってんぞ?」
「ああっ! 和馬君っ! だってだって入りにくいからー!」
和馬が外に出て声をかけた瞬間、サロペットに淡いピンクのタンクトップを合わせたユウがぴょんぴょんとこちらに向かって近付いてくる。
その動きで大きな胸を揺らしていることには無自覚なのか、目のやり場に困った和馬は視線を反らしつつユウと会話する。
「店の前でそんなこと言うなって。って、早く入ってくれ」
「き、緊張する……緊張するよ……」
「早くしないと先に行くぞ?」
「そ、それは
「ユウより仕事優先だっての。ほら、早く中に入る」
緊張で身体をカチコチにさせるユウの背中を押し、和馬は早めに店内に入らせる。
店の外でスタッフとその友達が話していては、店全体の印象が悪くなってしまう。悪影響を及ぼさないためにも、ここで時間を使うわけにはいかないのだ。
「こちらの席へどうぞ」
「か、角席……良いの?」
「
これは当然、ユウに気を遣わせないための嘘である。それ以前にユウからは角席の指定など受けていなかった。
自分の判断でしたからこそ、秘密にしておかなければならない事なのだ。
「ほんと……? 私が来るから空けてたりとかしてない?」
「それは遠回しに『ユウのために空けといた』と、言ってくれアピールか? まぁ、ユウがその言葉をご所望なら言わないこともないが」
「か、和馬君が私をからかってくる……!」
「紬がどうちゃら〜って、毎度毎度からかってくる仕返しだ」
最近のユウは紬の話題を出してきて和馬をいじってくるのだ。その頻度は1日3回……いや、4回を越しているだろう。
「……それで、注文は何にするんだ?」
「注文注文……。えっと、それじゃあ、ブレンドコーヒーのブラックと、この苺が乗ったパンケーキをお願いします」
メニュー表を広げ、指でその商品を指しながら注文するユウ。
「ん? ユウは無糖のコーヒー飲むのか?」
「うん。コーヒーは苦い方が好きだから」
「へぇ、それは意外だな……。俺の中じゃ角砂糖を溢れんばかりに入れてコーヒーをクルクル回してるユウのイメージがしっくり来るんだが」
「あはは、中学生の頃まではそうだったなぁ」
「そっか。……んじゃ、ユウのオーダーも取ったし仕事に戻るか……。困ったこととか、分からないことがあれば、いつでも呼び出してくれていいから」
和馬は仕事中の身。一人の友人相手にたくさんの時間を使うわけにはいかない。私情を捨てることは、仕事において大事なことである。
「う、うん……。な、なんか和馬君って、ここだと少し大人っぽくなるんだね……」
「ユウは大人しくなるんだな」
別れ際にそんな会話を交わして、和馬はユウのオーダー表を厨房に持っていった。
『チャランチャラン』
その数十分後、店のドアに付けられた鈴が鳴り……長髪を金に染めた二人組の男が入ってくる。
「おぉっ! なかなか良い雰囲気してんじゃん?」
「でーも、若い奴がいなくねぇかぁ……? 可愛い子、可愛い子…………あ」
「お、お客様……あ、あの……」
「ひひっ、行こうぜおい」
「こりゃあラッキーだぜ……」
その二人組の男は怯える案内員の言葉を無視して、迷いなく角席にいる女性に近付いていく……。
「……」
ーーその光景を和馬は見逃してなどいなかった。
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