第10話「も、もう少し……強く握ってほしい……」
「紬……?」
「なんですか」
「今朝からずっと怒ってないか?」
「怒ってない……」
その放課後、クラスメイトが帰ったことを見計らって和馬はずっと思っていたことを紬に伝える。
その紬の返事はどこかムキになったもので、落ち着きがないのは見て取れた。
「絶対怒ってるじゃねぇか。流石の俺でもそのぐらいは分かるって」
「ほ、本当に怒ってないから……。ただ、嫉妬してるだけ……」
最後の言葉はボソッとしたもので、和馬に聞こえてはいなかった。そして、『嫉妬』の気持ちを察せられる和馬ではない。
「……じゃあ言い方を変える。俺に対して不満を抱いてるのは間違いないんだよな?」
『……うん』
紬は声を出すことなく、コクリと小さく頷く。
「それは俺に言えることか?」
「言えないよ……。だって、カズマは何にも悪くないから……」
「……え? それなのに俺に不満を抱いてるのか?」
「……」
紬は分かっていたのだ。和馬はなにも悪いことをしていないと。ただ、自分の気持ち
が幼いからこそ、こんな感情を抱いてしまっているのだと。
なにも悪くない和馬に嫉妬してしまう罪悪感と、晴れることのないモヤモヤとした気持ちが紬を襲う。
「え、えっと……この場合、俺はどうすれば良いんだ?」
当然、現在の状況に困惑する和馬。紬に不満を抱かせているにも関わらず、その本人からは『何も悪くないから……』と言われているのだ。
どう対処して良いのか分かったものではない。
「一つだけ……確認したいです……」
「か、確認……? それはなんだ?」
「今朝、ユウちゃんと……キス、したの?」
その確認は、和馬にとって予想外のもの。
「はぁ!? なんでユウとキスしなくちゃならないんだよ……」
「だ、だって……今朝、ユウちゃんがカズマに顔を近付けてたから……。わ、わたしの角度から見たら、キスしてるようにしか見えなかったんだもん……」
「ったく、それは紬の勘違いだ。俺の言葉が信じられないなら、ユウにも聞いてみてくれよ」
「それなら、いい……」
「キスの誤解は解いたとして、まだ不満がありそうだな」
「……」
「紬、どうすれば機嫌を取り戻してくれるんだ?」
「そんなこと、わたしにも分からないもん……」
紬が嫉妬してる点はあと一つ。
楽しげに、仲良さげに和馬がユウをバイト先に誘っていたこと。やっぱりその点は、紬にとって切り替えられることではなかった。
頭の中がいっぱいいっぱいになって、機嫌の直し方が分からない……。これが面倒くさい性格というのは紬自身、分かっていた……。そして、和馬に迷惑をかけているということも……。
それでも……、こうする以外に思い付かなかったのだ。
ーー和馬が自分を意識してくれる方法を。
「……じゃあ、昔していたことするか? 俺に出来ることはもうこれくらいしかないからさ」
「む、昔していたこと……?」
「そう。一つだけ紬のお願いを叶えるってやつ。もちろん、常識の範囲内でっていう条件で」
「……っ!?」
「どうだ、これで元通りになれそうか?」
「む、昔のお願いを叶えるのは、二つだった……」
「え、一つじゃなかったか……?」
「や、やっぱり三つ……かも」
「はははっ、なんで増えてんだよ。んー、そんじゃあ、
「う、うん……。じゃあ、そのお願い、い、今から使っていいの……?」
「ああ、いつでも使っていいぞ。有効期限も無しってことで」
対する和馬は、この提案をプラスに捉えていた。
紬の機嫌を直すだけでなく、紬と関われる機会が今以上に増えることになるのだから……。
そう、和馬は好きな相手と関われるだけで満足なのだ。
「じゃあ、言うよ……?」
「ああ」
「そ、その……。カ、カズマと、手を繋ぎたい……」
「あ゛!?」
上目遣いで頰を赤らめながら紬は、はっきりと自己主張をする。
願いを叶えてくれる、そんな条件だけでなく、紬は焦っていたのだ。ユウに和馬を取られるのではないか……と。
その状況が、紬の硬い殻を破ったのだ。
「だ、だからね……、カ、カズマと手を繋いで家まで送ってほしいの……」
「そ、そのお願いの使い方は少し違うだろ!?」
「小さい頃はいつも手を繋いでた……。だ、だからこれは常識の範囲内だもん……。使い方も間違ってないもん……」
紬は一歩も引く姿を見せない。いや、見せるわけにはいかないのだ。
和馬にもっと意識してもらうために。……それは、紬が一番望むこと。
「そ、それはそうかもしれないが、今の歳になって手を繋ぐのはいろいろとマズイだろ……。俺たちは付き合ってるわけじゃないんだ……」
和馬がそうやって諭すのは当たり前である。人前で手を繋ぐことによって、何かしらの誤解を生む可能性はゼロじゃない。むしろ、誤解を生む可能性は高いのである。
「カ、カズマはさ……わたしとそんなことするの……、イヤになった?」
「そ、そういうわけじゃないが……」
「じゃあ、繋ごうよ……。わたし、繋ぎたいよ……」
「お、おい……落ち着けって……」
一歩一歩、和馬に近づく紬。距離を詰められる和馬は後退りをする。やがて……「……っ!?」
和馬の背に壁が当たった。もう、これ以上後退りすることは出来ない。
「カズマ……。は、はいっ……」
「……」
夕日が差し込む大学の教室で、『早く繋ご……っ』と言わんばかりに紬は和馬に向かって手を差し出す。
「ご、誤解を生んでも知らないからな……。本当に良いんだな……?」
「も、もう……! 早く繋ぐっ! わ、わたしだって恥ずかしいんだからっ……!」
「じ、じゃあ繋ぐからな……」
そして、全てを割り切った和馬が紬の手を握ろうとした瞬間だった。ーー何故か紬の手が引っ込んだのである。
「は?」
「あっ……、やっ……。その……」
「おい、なんで手を引っ込めたんだよ。手、繋ぐんじゃなかったのかよ……」
「こ、心の準備……で、出来てなかったからぁ……!」
「はぁ……。なんで手を繋ぐ提案をする前に準備くらいしとけ」
「うぅう……」
出鼻を挫かれる思いをする和馬に、紬は羞恥で顔から湯気をもくもくと出している。
「もういい、繋ぐ」
「んぁっ!?」
ここで紬に時間を取らせたら……和馬が再び割り切るまでに時間が掛かってしまう。紬に主導権を握られてしまう。
だからこそ、和馬は待たなかった。紬の準備が出来る前に、その手を強引に掴んだ。ーー紬の小さな手を包み込むようにして。
「……この手、紬の家に着くまで離さないからな。『手を繋いで家まで送ってほしい』って発言には責任持て」
「……っ!?」
「そんじゃ、さっさと帰るぞ。もう遅い時間だし」
エスコートするように紬の手を引っ張る和馬。……やがて、その二人は大学の正門を抜ける。
「ね、ね、カズマ……」
「な、なんだ?」
「も、もう少し……強く握ってほしい……。手、離れるかもだから……」
「ったく、甘えすぎだ」
なんて言うものの、紬の要望に答えて和馬は包み込む手に少しずつ力を加えていく。その度に紬のきめ細かい柔肌が、和馬にまで伝わってくる。
「カズマ……手、離したりしないでね……。絶対だよ……?」
「あ、ああ……」
顔を真っ赤にする紬と、顔を背ける和馬。その二人はようやく帰路に着いたのである。
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