第8話 和馬が抱く気持ち

 次の日。大学に向かうための準備を早めに終わらせた和馬は、玄関前でスマホを開いていた。


『つむぎ姉が、どうしても和馬くんに聞きたいことがあるんだって。だから、無理にとは言わないんだけど、時間を作ってくれないかな……?』


 それは昨日、舞から送られてきたメール。

(紬が俺に話したいことってなんなんだろうな……)


 そう考える一方で、何か言いにくいことを伝えてくるのだろうというのは察せていた。

 通常ならば、聞きたいことがあれば本人から直接連絡がくるはずである。……しかし、今回は手助けをしているような形で舞から紬に関してのメールが送られた。


(何か悩みでもあんのかな……アイツ)

 そんな思考回路に陥るのは当然のこと。もし、本当に悩みがあるなら遠慮なく相談してほしいと和馬は思っていた。


「好きな奴の苦しんでる顔なんて見たくないしな……」

 思わず本音を漏らす和馬は、電源を切ったスマホをポケットに入れた後に、玄関扉を開ける。

 今日、この家に紬が来ることが分かっている。そのため、和馬は出迎えをしようとしたのである。……しかし、それは無駄足に終わった。


『じぃ……』

 表札が彫られている石壁に身体全体を隠し、顔の半分を出して和馬を見つめる一人の女。

 手入れされたきらびやか銀色の髪。サファイヤのように輝く青色の瞳。

 それだけで、今目の前にいる女が誰なのかすぐに分かった。


「……おい。そこで何してんだよ。

「カズマを待ってた……」

「いや、俺の家に着いたんなら呼び鈴押せよな。っていうか、それが普通だろ」

 カバンを肩にかける和馬は、ゆっくりと足を進めて紬に接近する。


「それに、何だよその体勢。『本格派ストーカーです』とか言うつもりか?」

 表札が彫られてある石壁に隠れて、家の玄関ドアをジッと見つめている人物。第三者がこんな光景を見たら、間違いなく警察に通報するだろう。


「ピ、ピンポン押せなかったから……」

「ん? もしかして呼び鈴壊れてたか? 昨日は使えてたはずなんだが……」

「そ、そうじゃなくて……わ、わたしの心の準備が……そ、その……」


 言いにくそうに言葉を選ぶ素振りを見せる紬。そんな紬を見て何かを理解した和馬は先に言葉を繋いだ。紬がここに来た目的は和馬に相談事があるからで、相談するにも勇気がいるだろう。


「そう言うことか……。大丈夫だって。急かしたりはしないから、言える時になったらいつでも言ってくれ」

「あ、ありがとう……」

「お礼を言われることじゃないんだがなぁ……。まぁ、とりあえず大学に向かうぞ?」

「う、うん……っ」


 そうして、和馬は悩みを抱えると一緒に登校をするのであった。



 ========



《紬side》


「紬、これだけは言っとくがーー」

「う、うん……?」

 わたしの歩幅に合わせて、一緒に登校してくれているカズマ。

 そんなカズマはわたしに顔を合わせることなく、突然とこう言いました。


「俺は、お前に悩み事とか相談されても迷惑だとか思わない。だからいつでも相談してくれよな」

「……は、はいっ!?」

(い、いいいいきなり何なの……っ!? カ、カズマがいつも以上に優しいんだけど……っっ!!)


 不意打ちとも取れる口撃。わたしはその口撃を受け、動揺を隠すことが出来ませんでした。


「おい。今、超意外そうな反応したな。その反応、なかなか傷付くんだが」

「そ、そう言うわけじゃなくて……っ!」

「じゃあなんだよ。後ろめたいことがなければ言えるはずだよな?」

「だ、だって……カズマが、そんなこと言うと思わなかったから……」


「かなり失礼なこと言うもんだな」

「そ、そんなつもりもなくって……! そ、その……う、嬉しかったから……」

 カズマに誤解を招かれないように、わたしは本音を伝える。

 でも、それは……自爆とも呼べるものでした。


「そ、そうか……。嬉しかったのか……」

「う、うん……」

「……」

「……」


(や、やばいっ!……やばいっっ!! 今、恥ずかしいこと言っちゃったよね……!? うぅ、絶対言っちゃったよぉ……!!)


『チラッ』

 変な雰囲気になり、わたしはこっそりとカズマを尻目に見る。……でも、何故かそこでカズマと視線が重なってしまいます。


 ーーその瞬間、わたしは顔を背けて強引に視線を切る。


 もちろん、それは恥ずかしさから……。決してカズマがイヤなわけではありません。

 そして、この時わたしは気付かなかった。

 ……カズマがわたしと同じ行動をしていたことに……。


「ね、ね……カズマ」

「な、なんだよ」

 わたしは視線を下に向けながら、小声でカズマに伝える。


「め、迷惑じゃないとか……、いつでも相談していいとか……。そ、それって、わ、わたしだから……なのかな……?」

「は?」

「あっ、ご、ごめんねっ! い、意味の分からないこと言って……。い、今のは忘れーー」


 少し怒ったようなカズマの声音。だからこそ、わたしは急いで弁解しようとする。……でもここで、カズマはわたしの声を遮って堂々と言いました。


「……お前だからに決まってんだろ」

「ふぇ……」

(い、今……わたしだからだって……)

 わたしの視線は自然とカズマに向く。


「あのな、俺はお前以外にこんな言葉を言うつもりないから」

「……っ!?」

 わたしが驚くのも無理はありませんでした……。

 だって、カズマは嘘を言ってなかったから……。本当に、わたし以外に言うつもりがないのだと分かったのです……。


「言いたいのはこれだけ。……俺、かなりぶっちゃけたんだから、紬も俺に何かを相談する時は隠し事ナシだからな」

 わたしを心配してくれているカズマは、そう言った後に早足になる。


『ちゃんと相談に乗る』カズマは意志を固めた気持ちを、わたしにちゃんと教えてくれた。

 だからこそ、わたしも隠し事をせずに言う言葉がありました……。


「あ、あのねカズマ……。わたしが相談したかったこと……もう解決しちゃった……」

「はぁ!?」

 カズマは足を止めて、頓狂な声を出しています。

 でも、わたしが相談したいことは本当に解決したのです……。


(わたし以外にこんな言葉を言うつもりがないって、そ、それはわたしを一番に思ってくれていることになるよ……。うぅ、ど、どうしよう……にやけが止まらないよ……っ)


 その日、わたしはニヤニヤを抑えられませんでした……。どう頑張っても治りません……。

 そして、これは妹である舞に報告する流れになるのでした。

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