第7話 紬と舞の会話
「食べちゃおっかなぁ、残しちゃおっかなぁ〜」
「……出たよ、ご機嫌つむぎ姉」
一つのチョコレートを机に置き、にやけ顔を見せる紬にジト目で睨む妹の舞。
そのチョコレートは和馬に奢ってもらった物。紬は好きな人にもらった物だからこそ、食べようか残しておこうか悩んでいるのだ。
「その様子だと、和馬くんと良い感じなんだね。良かったじゃん」
妹の舞にはご機嫌な理由を看破されていた。
「これだけじゃなくて、カズマと一緒に登下校したからねっ! えへっ、えへへ……楽しかったなぁ……」
「はぁ……。姉の
「あはは……ごめんごめん」
苦笑いを浮かべながら、紬は舞に謝りを入れる。
「でもまぁ、元気が無いつむぎ姉を見るよりはマシだから、そのままでいいけど」
「ありがとう! それでね、舞はこのチョコレート食べた方がいいと思う?」
「なんでそれをうちに聞くのよ。食べたいなら食べればいいでしょ」
「それはそうなんだけど……!」
こんなことを聞くのは、面倒くさがられるのは分かっていた紬。でも、今の幸せを誰かに伝えたかったのだ。
紬にとって、その幸せを伝えられるのは妹である舞しかいない。気持ちが昂ぶってしまうのも仕方がなかった。
「あのね、ご機嫌なつむぎ姉に一つだけ言いたいんだけど」
「な、なに……?」
どこか棘のある口調で前置きする舞に、居住まいを正す紬。
「早く和馬くんと付き合って、家に呼び出してくれない? うち、久しぶりに和馬くんに会いたいんだけど」
「そ、それが出来たら苦労しないのっ!」
「そうやって、いつまでもウジウジしてると、見知らぬ女に和馬くんを取られるよ。あくまで可能性だけど」
「うぅ……それは分かってるけど……っ!」
紬から見て、和馬は格好良いのだ。優しいのだ。いつ、誰に取られてもおかしくない存在の幼馴染。だからこそ、和馬を振り向かせようと紬は頑張ってるのである。
「つむぎ姉、和馬くんを取られたら絶対部屋に引き篭もるだろうし、流石にそれだけは面倒くさいんだよね」
「お姉ちゃんにそんな酷いことを言わないでっ!」
「一層の事聞いてみたら? 『わたしのことどう思ってますか』って」
「そ、それは……やだ。『気持ち悪い』ってカズマに直接言われたら傷つくもん……」
好きな人からの悪口。それは心に一番ダメージを負ってしまう攻撃。心が傷付く攻撃である。
それを象徴するように胸を抑える紬は、チラッチラッと妹の舞に視線を送る。
「そんなにうちの顔を見てどうしたの? なにか付いてる?」
「そ、そうじゃなくて、カズマにメールしないのかなって……。舞がカズマに『彼女がいるか』を聞いた時みたいに……」
「流石に限度は弁えてるつもりだよ。これでも一応、つむぎ姉の恋を応援してるし。……って、もしかしてうちに聞いて欲しかったの?」
「そ、そそそそんなつもりはないよっ!?」
「その反応……聞いて欲しかったのね」
「……はい」
第三者から聞くのは何かと便利なもので、嬉しいことがあれば聞く。逆に嬉しくないことがあれば聞かないことが出来る。
『大事なことを聞く』に当たって、これが一番安定で安全な方法なのだ。
「じゃあ、あえて聞かない」
「な、なんでっ!? 応援してくれてるんじゃないのっ!?」
「あのねぇ、うちが和馬くんにいろいろ聞くってことは、話題を減らしてるってこと。つまり、和馬くんと関われる機会を自分で減らしてるってことなんだよ?」
「そ、そうかもしれないけど……。き、気になるんだもん。カズマがわたしのことどう思ってるのか」
想い人が自分のことをどう思ってるのかと言うのは、誰もが知りたい情報である。それによっては、『告白』という超えられない壁を超えることが出来る。
そして、その先に待ってある『お付き合い』というものに。
「そんなに聞いてほしいの?」
「うん……」
「分かったよ。そこまで言うなら聞いてあげる」
舞はスマホを取り出して、高速で指を動かして和馬にメールを送った。
その数分後、舞のスマホが振動する。その振動は誰かからメールが来た証拠である。
「お、和馬くんから返信が来た」
「そ、それはわたしにとって嬉しいこと……? それとも悪口……?」
「ううん、『分かった。一緒に登校する時に聞くよ』だって」
「えっ……?」
『自分のことをどう思ってるのか』という質問からの回答ではないことを察す紬。
……それは、紬にとって嫌な予感が溢れ出る瞬間でもあった。
「ま、舞……。カズマになんて送ったの……?」
「これだよ」
舞は悪魔の笑みを浮かべて、そのスマホを紬に見せる。
『いきなりでごめんね和馬くん。つむぎ姉がどうしても和馬くんに聞きたいことがあるんだって。だから、無理にとは言わないんだけど時間を作ってくれないかな……?』
その文面を何度も何度も読む紬。見間違いでも、幻覚でもない。変わることない文字。
「な、ななななにしてるのーーっ!?」
「殻を破ってきて、つむぎ姉」
「舞のばか! ばかばかばかばか!」
「大学生が『ばか』を連呼するってなかなか斬新。……面白い」
「うぅ……もうやだぁ……」
「頑張ってね、つむぎ姉。応援してるから」
「も、もういい……。お風呂に入って、気持ちを落ちつかせてくる……」
「つむぎ姉」
「な、なに……?」
「和馬くんに、『お前のこと大好きだったんだ』とか言われてるのを想像して、自慰行為とかしないでよね。お風呂はみんなが使う場所だから」
ーーと、冗談を交える舞。この冗談は紬の冷静さを欠くための術、姉にアタックさせるための策なのである。
「そ、そそそんなことしないしっ!」
そんな冗談に顔を真っ赤にさせた紬は、ピンクのパジャマを持ってお風呂場に走っていった。
「え、その反応って…………ま、まぁ、気にしないようにしよ……」
そうして、頭の中を空っぽにした舞は紬のスマホにメールを送った。
『つむぎ姉、ファイト!』と、その文字を。
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