第6話 side紬〜放課後
あの口論の後、わたしはカズマは一言も会話をすることはありませんでした
そのまま大学が終わり……下校を迎え、わたしはカズマの背後を追っていた。
『カズマを怒らせたかもしれない……』そんな不安を覚えながら。
「……おい」
「な、なに……?」
早足で歩いていたカズマはを止め、後ろを振り返ってわたしに視線を合わせてくる。
『怒らせたかもしれない』そう思っていても目があっただけで、胸が高鳴ってしまう。
(わたしは、やっぱりカズマが好き……大好き……)
そう再認識させられる瞬間でもあった。
「なに……?』じゃないだろ。なんで後ろを付いて来てんだよ」
「べ、別に和馬に付いて来てるわけじゃないし……。行き先がこっちなだけ」
「紬の家は真反対なはずだが?」
「……こっちからでもいけるもん」
「完全に遠回りだろ、それ……。俺を完全に付けてるよな?」
「……」
「理由」
「そ、それは……」
(言えるわけないよ……。カズマとお話をしながら帰りたかったなんて……)
「あのな、付いて来るならせめて俺の隣を歩いてくれないか? ……後ろにいられると紬に注意を向けられないだろ」
「えっ……、わ、わたしに注意を向けてくれるの……? カズマ、怒ってない……?」
「は? 怒るってどういう意味だ?」
「あ、あの言い合いの後、カズマが一言も喋ってくれなかったから……」
「……あー、あれか……」
わたしの言い分に、カズマは苦い表情を浮かべながら頭を掻く。『怒っている』そう思われても無理はないと思ったのか、カズマはすぐに答えてくれる。
「あ、あれは別に怒ってたからじゃない……」
「そ、そうなの……?」
「ああ」
「じゃあ、なんで喋ってくれなかったの……?」
わたしはどうしても理由が聞きたかった。怒ってないにしろ、なにか気に障ったことがあったのかもしれない。
それならば、改善する必要がある。そして、もう言わないようにしないといけない。
(カズマにだけは、嫌われたくないから……)
「言うかよ。言ったら絶対笑うし」
「わ、笑わないから……っ!」
「俺の留年を聞いて、涙出るまで笑いやがった紬のどこを信じればいいんだよ」
「し、信じてくれたら、カズマに良いこと教えてあげるから……!」
「良いこと……? もしそれで良いことじゃなかったら叩き回すからな」
「も、もし良いことじゃなかったとしても、加減してくれる……?」
「その提案は普通にズルいだろ」
「だ、だって、本気だと痛いもん……」
「……お前は本当に俺が本気ですと思ってんのか? …………好きな女に本気で手を出すわけないだろ」
カズマは間を開けた後に、ボソッとなにかを呟く。それは誰にも聞こえない声量で当然ながら、わたしに聞こえるはずもなかった。
「本気でしないとは思うけど、一応保険をかけとく……」
「……そんなに聞きたいのか? その理由」
「うん!」
「絶対に笑わないか?」
「うんっ!」
「良いことを教えてくれなかったら、絶対に叩き回してやるからな」
物騒な言葉を前置きして、カズマはその理由を話してくれた。
「……あの言い合い、ユウだけじゃなくて周りのクラスメイトにも聞かれてただろ?」
「う、うん」
「だから……その……。分かるだろ? これで」
「えっ……? ど、どう言う意味かさっぱり……」
「……恥ずかしかったんだよ。それに気付いた時にさ……」
「は、恥ずかしかった? 恥ずかしかったって…………ぷっ」
口元がプルプルと震えるわたし。どうにか我慢しようとするけど、それには限界がある。
怒っているかもしれないって思ってたカズマが、恥ずかしがってたからだなんて……、
「ぷ、ぷははっ」
(どうしよう……。わたし、勘違いしてた……)
わたしの中に、確かな嬉しさが芽生えてくる。だって、わたしに声をかけてくれなかったのは、怒ってたわけじゃなかったから……。
「笑いがやったなコイツ……」
「カズマ、怒ってなかったんだ……」
「いやいや、こんぐらいで怒るわけないだろ? ……それで、教えてくれるんだろうな? 良いことってやつ」
何故かカズマは食い気味でわたしに聞いてくる。良いことって言うのが気になっている様子だった。
「……えっと、カズマってこれから買い物に行くんだよね?」
普段使っていない道を行く場合、その行き先はある程度絞ることが出来る。
「ああ、材料が切れたからな」
「じゃあ、わたしがその買い物に付き合ってあげる!」
(カズマがわたしに声をかけてくれなかった理由も聞けて、カズマと一緒に買い物が出来る。いっぱい話すことが出来る。もっと一緒に居られる……。これこそ一石四鳥……っ!)
「邪魔なんだが」
「
「めんどくさいし」
「な、泣きそうだよ……」
わたしはカズマの弱点を昔から知っている。……それは、『泣きそう』だと言うこと。……その弱点をわたしは突いた。
(だって、カズマには悪口じゃなくて褒めて欲しいから……)
「っ、……もういい、好きにしろ」
「た、叩き回さないの……? う、嬉しくなかったら叩き回すって……」
「叩き回して欲しいのか?」
「そ、そういうわけじゃないけどっ! た、叩き回さなかったら、カズマは嬉しいってことになるから……」
「……」
「えっ……」
カズマは何故かそこで無言になった。
『沈黙は肯定』すぐにその言葉がわたしの脳裏に浮かんでくる。
「ほら、さっさと行くぞ。時間がもったいない」
「え、えへへ、カズマ嬉しいんだぁ。わたしと一緒に買い物が出来て嬉しいんだあ?」
「うるさい、黙れ」
(カズマだけずるいよ……。嬉しいって伝えられて……。わたしも嬉しいって伝えられたら良いのにな……)
「し、しょうがないから、カズマにジュース奢ってあげる!」
「じゃあ、二本な」
「二本だと大事に飲んでくれないから、一本だけー」
ジュースを奢る。それが、『わたしも嬉しいよ』っていう気持ちの伝え方だった。
(でも、この方法じゃ……この気持ちは絶対に伝わらないだろうな……)
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