第3話 一緒に登校
『ピンポーン』
翌日の早朝。和馬が一人暮らしをしている家の呼び鈴が鳴る。
(誰だよこんな時間に……)
現在の時刻は7時30分。大学に遅刻する可能性があり、時間に余裕が無い和馬がそんな不満を抱くのも仕方がない。
呼び鈴から、『少しだけ待っててください』と、声をかけた和馬は急いで準備を済ます。そして、手荷物を持って玄関ドアを開けた瞬間ーー
「あっ、カズマ……」
『ガチャン!』
寝ぼけていたのだろう。……紬の幻覚が見えた和馬は、勢いよく玄関ドアを閉める。
「なっ、なんで閉めるのー!? 」
玄関ドアの先から、紬の焦った声が聞こえる。この時点で紬が側にいることが幻覚でないことを知る。
「……いやいや、なんでお前がここに居るんだよ」
「あ、開けてくれたら……説明します」
「開けなくても説明しろ」
「いやだ」
「なんでだよ」
「……だって、説明し終えたらカズマは逃走するから……」
小さい頃から互いのことを知っている。それが幼馴染というものだ。これに関して和馬は言い逃れが出来なかった。
紬の発言した言葉は、和馬が実行しようとしていたことだったからだ。
「ったく、朝からびっくりさせんなよ。……そんで、お前がここに居る理由を説明してくれ。逃げないから」
玄関ドアを再び開けた和馬は、紬に視線を寄せる。
「い、一緒に登校……したかったから……。一年前みたいに」
「……」
「れ、連絡しなかったのは謝るけど、連絡したらカズマ逃げるもん……」
「……」
「な、なんか言ってよー! こ、これじゃあまるでわたしがストーカーみたいじゃん……」
和馬が無言に
顔を赤らめながら、素直に教えてくれる紬に見惚れてしまったからだ。
しかし……それを公に出すわけには行かない。『好き』だという感情がバレるわけにはいかないのだ。
今の関係が壊れてしまう……そんな不安があるのだから。
「連絡も無く自宅前にいる時点でストーカーだろ」
「……い、一緒に登校したかったんだもん……。い、一年前みたいに……」
人差し指と人差し指をツンツンさせ、2度も同じ言葉を使う紬。
少し強引だと分かっているのか、弱々しく上目遣いを見せている紬に逆らえるわけもなく、和馬は文句を垂れる。
「……お前って、ほんとズルイよな。そういうとこ」
「だ、だって……」
そして、カバンを肩に背負った和馬は紬の横を過ぎる。
「早く行くぞ。大学に遅刻する」
「ま、待ってってばー!」
少し先を行く和馬に、ようやく追いついた紬は『置いて行くなよっ!』と言う意思を込めて軽いパンチを喰らわせるのだった。
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「えへ、えへへっ……」
「えらくご機嫌だな、
スライムが溶けたような、だらしなく笑みを浮かべる紬。
その様子を見た和馬は、紬の妹である舞から送られた写真と同じような表情をしていることに気が付いた。
「それはそうだよー。カズマと一緒に登校出来て……って、そうじゃないっ!」
「は?」
「カ、カズマと一緒に登校出来たのも嬉しいけど! あ、雨が降ってないのが嬉しいのっ!」
(あ、危ない……。またまた気が緩んじゃってる……。このままじゃ好きだってバレちゃう……)
紬も紬で、和馬への気持ちを隠さなければならないのだ。
今の関係が崩れるかもしれない。と、そんな不安があるのだから。
「へぇ。それは俺と登校するよりも、雨が降ってない方が嬉しいって捉えて良いのか?」
「そう……だし……」
(カズマと登校する方が嬉しいに決まってるのに……。わたしのばかぁ……!)
和馬への想いに気付かれたくないが為に、嘘を付く紬は自分自身を責める。だが、紬は知る由もないだろう。
昨日、和馬から言われたこと。
『お前は昔から嘘を付くのが下手だよな』
ーーと。それはつまり、和馬は紬が言う嘘を見破る力があることを。
「……酷いもんだな。俺と登校するより晴れの方が嬉しいなんてよ」
そんな悪態を吐く和馬だが、その声音には嬉しさが含まれていた。そう、和馬は既に見破っていたのだ。紬が吐いた嘘に。
「紬……。一つだけ聞いておきたいことがあるんだが」
「な、なに……?」
「紬に彼氏っているのか?」
自然な流れで聞く和馬だが、その心拍数は当然ながら上がっていた。昨日、舞から送られたメール。和馬にはその内容が感化されていたのだ。
「い、いる……って言ったら、カズマはどう思う……?」
「……羨ましがるだろうな。……
紬に聞こえないよう最後を小声で呟く和馬。
「な、何か言った?」
「いいや、なんにも。……それでどうなんだ? 彼氏のこと」
「……正直に言うと、今までずっと居たことないよ。年齢
「冗談は言わなくていいぞ?」
「冗談なんかじゃないよ、ほんとのこと」
「……」
和馬は知る由もない。
紬は和馬が好きだからこそ……男子からの告白を全て断っていることに。
「……カ、カズマはどうなの? わ、別れた彼女さんとか……大学にいないの?」
「いるわけないだろ。……俺も年齢
「またまたー、冗談はやめてよね」
「世辞をありがとな」
「えっ、ほんとなのそれ……っ!?」
「ああ」
「なんでなんでっ!? 理由は!?」
「言わない。それ以前に言えない」
ーー同じ気持ちを抱いているからこそ、言えないことがある。
ーー同じ気持ちを抱いているからこそ、同じ道を辿っていることがある。
告白されたとしても、好きな人を優先してしまう。それは当たり前のこと。
「も、もしかして、同性が好き……とかじゃないよね……?」
「ぶん殴るぞ」
「うー、もう殴ってる!」
その言葉通り、和馬は紬の頭を殴っていた。もちろん加減した力で痛くない程度にだ。
「……紬、こっちこい」
「あっ、うん……」
殴りを終えた和馬は、人差し指で紬を歩道側に誘導し、その本人は車道側に位置を変える。
紬の安全を考慮する。これは昔からしていたこと……。癖になりつつあるもの。
「カズマ……」
「ん?」
「そ、そんなことしても、わたしには効かないんだからっ!」
そんな優しさは無用だと伝える紬だが、次の瞬間カウンターを食らうことになる。
「は?」
「『は?』じゃないのっ!」
「誤解のないように言っとくが、これは俺がしたくてしてるだけだからな」
「っ!?」
「お前に怪我されると俺が困るんだよ」
「は、はわぁぁぁぁ……っ!?」
(は、反則……。反則だよ……。こんなの…………)
顔を真っ赤にして、和馬にチラッチラッと視線を向ける紬は、再びカズマにパンチを喰らわせる。
(ほんと、ズルいよ……っ!)と、そんな気持ちを乗せて、冷静さをゼロにさせた和馬に。
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