第2話 気持ちは同じ

「くっそ……恥ずかし過ぎる……。なんで俺はあんなことを……」

 和馬は紬を家に送り届けた後、自室にこもって顔を枕に埋もれさせていた。


『可愛くなったな、ほんと』

 言ってしまった本音、、。その声は確実に紬に聞こえていた。

 それが分かってしまったからこそ、早くあの場を立ち去りたかった。


「馬鹿だろ俺……。ほんと馬鹿だろ……」

 身が悶えてしまうほどの恥ずかしさ。それが今の状態である。


(しかも、なんで紬が俺と同じ大学に進学してるんだよ……。おかげで留年したってことがバレたじゃねぇか……)

 それだけでなく、悶々とした気持ちが和馬を襲う。


(はぁ。留年とか、見せたくない姿を見せちまったな……)

 留年したのは己の弱さ。その弱さのせいで紬と同じ学年になってしまった。それは、和馬からして最悪の結果。


 留年で紬にどう思われたのか、簡単に想像が付く。

『ダサい』『格好悪い』『馬鹿』『ドン引き』

 そう思われてなくとも、それに近い気持ちを抱いているだろう。


 その一方で、抑えきれないものが溢れてくる。


(でも……ほんと可愛くなったよな、アイツ)

 それは、和馬がずっと隠してきている感情。


 紬のことが小さい頃から好きだということ。


「あいつもあの歳だし、彼氏とか居るんだろうな……」

 髪飾りを付け、ウェーブのかかったロングの銀髪。くりっとした大きく丸い青色の瞳。雪のように白い肌。そして、ピンク色の小さな唇。

 その笑顔は人懐っこく、人を魅了するものがある。


 紬は可愛く、大人らしく成長していた。それは身体付きも。

 男子からモテているだろうというのは予想せずとも分かること。


(はぁ……。アイツ以外に好きな人なんて出来そうにないし……。ったく、いつから俺はこんな風になったんだろうな……)


 自己嫌悪に陥る和馬は、ゆっくりと瞳を閉じ気持ちの切り替えをするのだった。



 ==========



 その頃、紬家では……。


「えへっ、えへへ……えへへへへへ」

「うっわ……。つむぎねえの顔キモ……。ヨダレが落ちそうだし……」


 緩みに緩んだ笑顔を見せる紬に、本音という毒を漏らす紬の妹であるまい

 舞は、何故紬がこんな表情になっているのかを理解している。

 そう。舞は紬の好きな相手を知っており、紬が和馬を追いかけていることも知る人物だからである。


「えへへ……またまたぁ」

「……もういいや。その顔写真を撮って和馬くんに送信しよっと。これで和馬くんもつむぎねえにドン引きするだろうし」

「ちょっと!? それだけはやめてっ!」

 好きな相手に引かれるわけにはいかない。それは、絶対と呼べるもの。


「まぁ、流石に冗談だけどさー。って、小学校からずっと追いかけ続けてまだ告白してないの?」

「うん……」

「ほんと、つむぎ姉には呆れるよ。どんだけチキンなんだか」


 この場の主導権は妹である舞にある。そして、舞の言うことは最もなこと。

 紬の気持ち、姉の気持ちをよく知る人物だからだ。


「こ、告白って、出来るわけないでしょ! も、もし振られたりしたら今の関係は壊れるんだよ!?」

「それはそうかもしれないけど、それあっての告白でしょ?」

「確信がないから出来ないのー!」


「だからといって、コソコソ追いかけるってのはストーカーの領域じゃない?」

「一途だって言ってよっ!」


「つむぎ姉のスマホに、和馬くんの隠し撮り写真が保存されてなかったら、一途だって言ってた」

「うぐぅ……」


 紬は怯んだ。その反応は事実だということの証明。舞には全てバレているのだ。そして、それは弱みを握られていると同義。


「寝顔とか、横顔とか、寝顔とか寝顔とか」

「お、お願いだからそれ以上は言わないでぇ……」

「別に言うつもりはないよ? うちに火の粉が散ったらそれこそ嫌だし」

「あ、ありがとう……」


 そして、一区切り付いた所で舞は重要事項を聞く。


「……それより、大事なことは聞いてるんだよね?」

「大事な……こと?」

「和馬くんに彼女がいるかどうか」

「……」


 その問いに、サッと視線を逸らす紬。


「え、うっそでしょ」

「し、失態だ……失態だよ……」


 高校で和馬に彼女が居ないことは分かっている。しかしそれは一年前のこと。

 大学に入って和馬が彼女を作っている可能性は否定出来ない。


「まぁ……和馬くんに彼女がいると思うからアレだけど」

「うが……っ」

 舞の言葉に紬は絶句する。だが、紬も直感的にそう思っていた部分はある。


 そして、舞は和馬に彼女がいると思う理由をご丁寧に述べていく。


「理由その1。和馬くんは格好良いから。男子の中じゃレベルが高いの確定」

「はい……」


「理由その2。和馬くんは優しい。気が効く。面倒見がいい」

「否定しません……」


「理由その3。つむぎ姉にアタックをかけてないから」

「そ、それはどう言う意味……?」


 理解できない理由にコテっと首を傾げる紬。


「妹のあたしが言うのはアレだけど、つむぎ姉は可愛い。モテる。それなのに、つむぎ姉に和馬くんは一度もアタックをかけたことがないから。要は、和馬くんには彼女がいるからそれが出来ないってこと」

「そ、それはわたしに興味がないって捉え方も出来るんじゃ……」

「モデルさんにスカウトされたつむぎ姉が何を言ってんのさ」


 舞はジトーとした目で紬に視線を集中させる。


「それに、『好きな人と一緒に居られる時間を減らしたくないから』って理由でモデルさんを断るとか、ホント乙女すぎるよ。スカウトの人も唖然としてたし」

「……だ、だって、本当のことだからっ!」


 両手を振りながら、顔を真っ赤にする紬。しかし、そこから出る言葉には否定がない。


「そんなこと言えて、告白出来ないとか意味分かんないよ……。お」

「ど、どうしたの?」

 舞は不意に言葉を漏らす。


「和馬くんに彼女いないんだって。ほら、このメール。んー、予想が外れたなぁ……」

「な、なななななんで聞いてるのっ!?」

 端末に映し出されるメールやり取り。


『和馬くん、突然だけど彼女さんっている?』

 と、舞。

『いるわけないだろ。ってか、いきなりどうしたんだよ』

 そして、その返信メールが和馬である。


「良かったね、つむぎ姉。これで首の皮一枚繋がったじゃん」

「そうだけどーっ!!」


 もし、紬に尻尾が付いていたら、ブンブンと左右に揺れているだろう。ーーそれは当然、嬉しさからだ。


(……つむぎ姉、幸せそう)

 それを見て、舞はふっと表情を優しく変える。


 そして、舞は紬に気付かれないように、紬の写真を隠し撮りをする。


『これって和馬くんのおかげだよ?』

 そんな一言を添えて、幸せそうな表情を浮かべる紬の写真を舞は送信するのであった。


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