第10話


僕たちのいる倉庫のすぐ側に、追っ手はもう来ている。

僕はナイフを構えているが、敵は二度も不意打ちを食らってはくれないだろう。

ドタリ、ドタリ、足音が大きくなる。

そこに、意を決した様子で少女は僕の前に出た。

「私たちに任せて」

しかも妹を後ろ抱きにして最前に出しているのだ。

「無茶な。僕ならまだやれる」

「いいから」

一体何をする気だ?

華奢な後ろ姿が震えている。

ドタリ。足音がすぐそこで止まった……


「メリッサ、前を向いていなさい。リボンをはずしたら、目を開けて。前だけを向くのよ」


敵が現れた。

観念したか、とでも言うようにニヤリと口元が歪め、近づいて来る。

その時、リボンがほどけて翻るのが見えた。

「メリッサ、目を開けて!」

敵が、歩みを止めた。というか、体全体が静止した。

かろうじて口が開いた。それは悲鳴をあげる時の形をしていた。

「……なんて……この、餓鬼……!」

男の顔が色彩を失い灰色に固まった。

石化だ!

「さあ、見なさい。これが、あなた達が面白半分に暴こうとした、この子の目よ!」

頭部から順に全身が、服に至るまで灰色の石に変わってゆく。

敵はナイフを落とした。もがくつもりで指しか動かせなかったのだろう。

やがて、石像が完成した。


「私たちが……怖いですか?」

姉妹がこちらを向いたとき、妹の目は閉じていて、ふつうの盲人と変わらないように見えた。

「いや、助かったよ」

不死の僕からみても恐るべき能力だが、この2人は僕を恩人と思っているから大丈夫。

姉は妹の目隠しを兼ねたリボンを結びながら語り出した。

「この力をこんな風に使ったのは初めてなの。……メリッサの魔力が回復するのは当分先だから、安心して。私たちみたいな者でも、尼僧院に行けば救われると思ったの……」

僕のほうも石化能力を持つ魔人を見たのは初めてだ。

もっと早くにその力を使っていれば……と考えるのは的外れだろう。

使った魔力の回復に時間がかかるのでは、余程うまくいかない限り敵地からの脱出は難しい。1人2人した石化しないうちに能力のことが連中にバレたら、動ける奴にすぐ排除されるか、悪事に使われて用済みになったら排除されるかの怖れがある。隠し通す選択をしたのも尤もだ。

こんな危険な魔力を隠して姉妹だけで生きてきた苦労は察するに余りある。とくに姉の、なんて深い愛と責任感。近くの街へ送るまでは死ぬ気で守ってあげたい。死なないけどな。


そこに、ドスンと音がした。

敵の身体にまだ血肉のあったときに傷口から滴らせていた血の痕を辿ってきた亡者が、石像にぶつかったのだ。


石像がこちらへ傾いてくる。

「2人とも、伏せて!」

僕はありったけの力で、石像を向こうへ倒した。

ベチョ、と嫌な音がした。

ナイフを拾い、三人で石像とそれに潰された亡者をまたいで倉庫を出た。

ところで、今更思い至ったのだが、メリッサが隠れていたあの宝箱は、中から幼児1人で開けるのはつっかえ棒があろうと無理だ。そもそもあれはつっかえ棒ではなく視力を補うものだ。続いて頭に浮かんだ恐ろしい疑いを、僕は否定した。少女は怪我の痛みをおして妹を迎えに来た。それで十分ではないか?


亡者は多分ベランダにいた奴だ。協力ありがとう、そのうちあの世で会おうぜ。

そのとき僕の隣にいる美女がローラだ。

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