第8話
館を再び目指すとき、僕は双子より少し先に出発した。
途中で血の臭いの方へ足を向けると、果たして、さっき僕を捕らえた二人組の片割れは亡者に喰われかけの死体になっていた。
僕は亡者から獲物を横取りし、ある血腥い作業を済ませて屋敷へ向かった。
門から内側を壁沿に進み、玄関の手前に着いてみれば、外も中も大混乱。
「開けてくれよ!」扉を叩きながら叫ぶのは、さっき喰われなくて済んだほう……いや、もう1人いる。たぶん先刻に聖水をとりに行ったやつ。
扉は開かない。
屋内からも数人の怒鳴り声が聞こえてくるが内容は良く分からない。
僕はさっきの作業からここまで運んできた物を一つ、バルコニーに投げ込んだ。
イヤな音が聞こえたが、中の連中は気づきはしないだろう。
外の奴らが叫び疲れてふと辺りを見ると僕に気づいた。
「お前、さっきはよくも!」
怒鳴ったのは喰われなかったほうだ。
それから隣の男に、僕を指差しながら話す。
「あいつが騙したんだ! 聖水だと言うから掛けてみたら、首筋に濡れた落ち葉のかけらがくっついてて……」
聞き手は話し手を突き飛ばした。その先には二人目、三人目の亡者。人間とその血の匂いに引き寄せられて来ているのだ。突き飛ばされた男は動きの鈍い亡者たちから逃れ、一目散にどこかへ駆けていった。
亡者たちはバルコニーから漂う匂いに気づいて男を追うのをやめた。ある者はただバルコニーを見上げ、1人は壁を這い上がろうと虚しく試みている。
僕はそいつを踏み台にしてバルコニーによじ登ることに成功した。
僕と同じことを思いついた奴がもう1体来たので、ここにいる亡者は2人になった。そいつを観察したところ、身軽に動ける程度に骨や筋肉は生前に近い人間らしさを取り戻しつつあるが、体の表面はまだ腐ったままだ。
気持ち悪いな。僕も下手するとああなるのだ。
だが、こいつがいると僕にとって好都合なので、好きなようにさっき投げ込んだアレを齧らせておいた。
「今夜の宿はここかしら? ずいぶん騒がしいこと」
掃き溜めに二羽の鶴が舞い降りるが如く、双子登場。僕はバルコニーの端から大きく手を振った。音は立てない。
「奪いに来たぜ。何でも言うこと聞く女ってのをよォ!」
妹が兄を槍の柄で小突いた。
「お前たち!まさか北都の、第……何番目か忘れたけど……王子!?」
「惜しい、少し違うな」
リデル嬢ならどう答えたか、それは知らない。
丁度そこでバン、と音を立てて玄関が開き、武器を手にした強盗の手下が走り出てきたからだ。
その数は4人、双子を遠巻きにした。男ばかりに見えたが、「女の人⁈」とリデル嬢の声が聞こえた。きっと、拐われた姉妹の姉のほうだ。
館の入口で聞いた悲痛な声が思い出された。「この子だけは……」
あんたの妹は必ず助ける。双子のどちらかに、死なない程度にやられてくれよ。
僕はバルコニーの隅の壁際に身を潜め、ナイフを右手に、内から扉が開く瞬間を待ち構える。
ドタバタと壁越しに聞いてなおやかましい足音が近づく。バタンと扉を蹴り開け、そいつはバルコニーの真ん中に陣取った。左腕に女を抱えている。
「てめぇら! この女が……」
どうなってもいいのか、という間も与えず、僕は低い姿勢で扉の陰から飛び出し斜め後ろから男の脚を切りつけた。
悲鳴。鮮血。意外なまでの反応速度で赤い水源に飛びつかんばかりの亡者。
こうなっては賊の注意は完全に人質から離れる。人質を放り出し床に膝をついて、激痛と、亡者に纏いつかれる生理的嫌悪感に顔を歪める。
地上では剣戟の始まりだ。
それを尻目に僕は、賊の腕から解放された少女に手を差し伸べた。彼女の顔は腫れて痣に覆われていたが、そんなことはどうでもいい。
「助けに来たよ」
「妹が奥の部屋に!」
「よし、行こう」
こんな時に真っ先に妹を気にかけるような娘さんが、本当の姉でないはずがない。
では、屋外で双子に刃を向けた女は何者なのか? 姉妹に数えられていなかった、あと1人の女はどうなったのか?
その点が引っかかるが、今は姉妹を揃って無事に脱出させることに集中しよう。
うわぁああ……とあの男の不快な呻きがまた聞こえた。たぶん、バルコニーにいた亡者が食い散らかした、手下の生首に気づいたのだろう。
あの男が体勢を立て直して追ってくるのは時間の問題だ。急がなくては。
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