第7話

 ほうほうのていで岩陰に辿り着くと、

「無様だな」といいつつラケル氏は綱を切ってくれた。

「眼帯がズレてるのは自分で直せ。しかし、こうして見るとやっぱり気味悪りぃな」

 僕の失われた片目の跡のことだ。この口の悪い坊ちゃんも、生きている怪我人にならここまで言うまい。

 リデル嬢は手鏡をこちらに向けたが、

「あ、どうも」受け取ろうとすると避けられた。

「触らないで。丁度良い角度で持っていてあげますから」

 目的のために手を組んでいても、彼らにとって所詮僕は不浄の存在なのだ。

 ともかく眼帯の位置を直し、事の経緯を話した。何か聞き出すことさえ出来なかったのを告げるのは気まずいが、仕方ない。

「たぶん、僕が騙したのもバレてます。男2人のうちどちらかは、館に戻れたでしょうから」

「引っ掻き回してくれたじゃねぇか。お前が役に立ってるのか、正直分からねえよ」

 僕もそう思う。敵の敵が増えましたね、とリデル嬢は言うが、僕を気遣っているだけかもしれない。

「ともかく、もうここに居たって何にもならん。突入だ」

「ラケル様、強化魔法を僕にかけられますか?」

「そりゃ出来んこともねぇが……さっきも言ったろ、俺の強化魔法は気力体力の前借りだ。自分にかけるぶんにはいくらでも調整がきくが、他人にとなると、ましてお前はなぁ……」

 ラケル氏が上手く表せないでいる懸念を、リデル嬢は簡潔に指摘した。

「貴方の場合、警戒すべきは魔力の枯渇です。魔力不足に陥った亡者はまず精神活動が低下します」

 要は理性を失くして血を求めて人を襲うおそれがあるのだ。僕にも何かの拍子にそうなる可能性はあるが、さしあたって今は多少無理しても大丈夫だと思っていた。

 離れていても魔力の供給が途絶えずに済んでいるのは、ローラの莫大な魔力のおかげだ。

 それに、もうヘマはしたくない。

「ラケル様、お願いします!」

「魔力が切れたらどうする?」

「私たちに出来るのは、貴方が妙な様子を見せたら殴ってでも止めるくらいです」

 怖い。

「…………でも、お願いします」

「仕方ねぇな。……ジュゼットの血よ、こいつに力と試練を」

 ラケル氏の掌が光る。その光が僕の胸の奥に吸い込まれた瞬間から、力がみなぎるような気分になった。

 微かだが久々に穿月塔のある南のほうから懐かしいローラの気配を感じた。しかしそれは相変わらず、塔のどこと分かるようなものではなかった。

 あたりの闇は詳細な暗色の景色に変わり、微風に揺れる木の葉も、岩を登る小さな蜥蜴も、ひどくゆっくりと見えた。

 そして森の匂いや風の音に混じって、館のある方角から血の臭いと人の騒ぎ声が流れてくる。

「ラケル様、リデル様、考えがあります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る