第43話  ティスフルー

「アスカ…」

サマンサはうつ伏せで倒れているレオンの赤い前髪を引っ張ってその顔を見た。


そしてゴロリと転がして仰向けにさせ、全体を眺める。


サマンサは腰の真紅の剣に目を止めた。


サマンサにはその剣が何者であるのかは分からなかったが、強く惹かれてそっと指先で触れてみる。


ググッと、重い電気のようなものが全身を駆け巡った。


そして不思議なことに、さっきまで感じていた酷い倦怠感がブワッと吹き飛んだ。


「なんだこれは…!身体中に力がみなぎるようだ…!」

サマンサはレオンの顔と剣を交互に見て、

「仕方ねぇな」と言いながらレオンを担ぎ上げた。


彼が門番と住む小屋までは歩いて3分ほどだ。



*****



アスカが待ちわびた満月の日がやってきた。


満月の日には、人魚の木に新芽が生えるという。

ウォルターが言うには、その新芽が性転換の薬には欠かせないそうなのだった。


ウォルターが新芽の採取に行くのを今か今かと待つアスカ。

朝からずっとソワソワしている。


ウォルターは半分呆れながら言った。

「アスカ、ほんとに嬉しそうだな。

結構な高確率で、今日が君の命日になるかもしれないんだぞ。」


「いいえ、ボクにとっては誕生日よりも待ちわびた日です!」

アスカは眩しすぎる笑顔で答える。


「ところで、ウォルターさん。

ずっとお聞きしたかったのですが、どうして人魚の木がここにあるのですか?

人魚の村の人間はずっと、人魚の木はあの村にしかないものだと聞いてきたのです。」


「あー、そうだよな。」

ウォルターは一瞬目をそらした。

何となく言い難い雰囲気を醸し出している。


「ま、いいか。今日が命日かもしれないんだしな。聞きたいんだろ?」

ウォルターの問いにアスカはコクンと頷いた。


ウォルターは、あまり気持ちのいい話ではないがな、と前置きしてから話し始める。

「本来、人魚の木は人魚の村でしか育たない。それは本当だ。

しかしその特異性から人魚の木を欲しがる人間は多かった。特に暇な金持ちがな…。」


ウォルターの話をアスカは真剣に聞く。


「で、だ。

かなり前の話になるが、ある人間がヤバイ奴らを使って自分の土地で人魚の木を育てるよう命令した。

金?金に糸目なんぞつけないさ。そういう連中だ。


そのヤバイ連中は、人魚の村に行って種を奪おうとした。しかしあの木には種がない。

そこで根こそぎ持って行こうとした。すると人形の木を触った瞬間、手首から先が腐ってもげたらしい。」


「そんなことが…でも、ボクたちは子供の頃地面に出てる人形の木の根を何度も触ってます。みんな大丈夫だったのに…」


「だいたい想像がつくとは思うけど、それが人魚の村に住む人間の特徴なんだ。

オレは思うに、人魚の木はとても毒性が強い木なんじゃないかと。

人魚の村の人間は、長い間かけてその毒に耐性がついたんだと思う。というか、耐性がついた人間のみが生き残ってきた村なんだ。


性別がなく生まれ、人魚の木の実によって決まるっていうのも、多分毒性による副作用のようなものではないのかな。」


ウォルターは長い話になりそうなのでお茶を入れながら話を続ける。


「さて、それではと考えたのが、人魚の村の村人に人魚の木を運び出させる方法だ。

アスカも知っての通り、人魚の村の男たちはそのほとんどが漁業に従事している。

つまり長い間、女子供を残して海に出て行くということだ。」


「はい…。父は、長ければ半年も家に帰りませんでした。」


「彼らはその間に、女たちに人魚の木を運ばせようとしたんだ。

しかし数人の女の手であんな大樹が運べるわけもなく…。


ところが彼らはあるとき偶然気が付いた。

人魚の村の女の腹に刺した人魚の木の枝が枯れないことに。」


「まさか…」

アスカは想像してぶるっと身震いする。


「そのまさかさ。

彼らは女を数人集めて次々に木の枝を刺したんだ。

しかも、新鮮な方がいいんじゃないかと思って、生きたままだ。

女たちは体の中に根がはる激痛に苦しみ抜いた挙句、やはり生きたままこの地に埋められた。

その中で1つだけ、この地に根を張ったのさ。

それがあの人魚の木だ。


金持ちから依頼受けたヤバイ奴らは、金を受け取って浮かれていたが、あっという間に1人を残して全員死んでしまった。


突然苦しみ出して、全身紫色になって息絶えたそうだ。


残った1人は人魚の村の女たちの祟りだと恐れおののき、人魚の木の横に石碑を建てて祈り続けた。


その石碑…なんて書いてあったかな…



確か、ティスフルー、その魂の怒りを鎮めたまえ、だったかな。」


「ティスフルー…ティスフルー…」


アスカはその名を聞いて青ざめた。


ウォルターはそのあまりの様子にどうしたのか尋ねることもできず、アスカを凝視する。


「ティスフルー、唯一無二のティスフルー、それはボクの母の名前です…!」













  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る