第41話  琥珀の城

レオンは何も考えずに中央の国にひたすら急いだ。


金もなければ当てもない。


アスカが恐ろしい何かに呪われている、その事実だけが彼を突き動かしていた。


ただひたすら、山を越え谷を渡り森の道を歩くのみ…



「呪われてるのがアスカ、つったってさ、レオンが知ってるアスカじゃないかもしれないじゃんねぇ!

よくいる名前なんだから赤の他人かもしれないのに!」

レオンに置いていかれたアンナはプンプン怒りながら旅支度をしている。


「まあ、あの3つの首と紙がレオンに届いたってことは、レオンが知ってる〝アスカ〝に間違いないだろ。そりゃ、愛しい愛しいアスカが地獄に落とされんばかりに呪われてるとなりゃ、何を置いても急ぐってもんさ。」


銀髪のロンドは冷静に言った。


「何が愛しいよ!私の方が可愛いに決まってる!」

アンナはカバンの紐を怒りに任せて思いっきり引っ張って縛った。

お陰でぎゅうぎゅうに詰まっていた荷物がちゃんと収まる。


「とにかーく!私たちも中央の国に行くわよ!

一回アスカとやらのご尊顔を見ないことには納得いかないもの!」


ロンドはやれやれというポーズをしながら馬車の方へ向かった。


どうせ行く予定だった中央の国。


しかしなにかしら良くない予感がする。


何が起こる、何かとても恐ろしいことが…


ロンドは雨が降る前のような生暖かい風に身震いした。


…きっと何が起こる…



レオンはほぼ飲まず食わずの不眠不休で歩き、2日と掛からず中央の国に着いた。


中央の国の城下町の一部は高い城壁に囲まれているが、そこを取り囲む町は出入りがほぼ自由だ。


町に着いたことで気が緩んだレオンは、川沿いの野原の木陰で倒れるように眠ってしまった。



*****



中央の国、琥珀の城。


その美しく巨大な城は、琥珀のような不思議な色合いの艶やかな石を使って建造されたのでそう呼ばれている。


カッカッカッ…


城の床は歩くと独特の音がした。


長く城に使えている召使いは、その音だけで誰が歩いているのか分かるという。


「さ、ジェイド様がいらしたわ。

カチュア、お部屋のご用意は完璧ね?」

そう言ったのは白髪で長身の召使い長、ターリー。

ターリーは鋭い眼光で辺りを見回した。


「はい、ターリー様、朝から何時間もかけてご用意致しましたので、大丈夫だと思います。」

緊張して震える声で答えたのはカチュアという年若い少女。

カチュアは15歳、つい半年ほど前に貧しい農家から買われてきて、城の召使いとして働いている。

「たった数ヶ月でジェイド様のお部屋を任されるのですから、あなたはよほど優秀なのでしょうけど、自惚れてはいけませんよ。

ジェイド様は本当に厳しいお方ですから。」


カチュアは首が痛くなるほど頷いた。


ジェイドの恐ろしさは城に来て以来、色々聞いて知っている。


カッカッ


ジェイドの足音がいよいよ近くになると、カチュアは素早く扉を開けた。


王がジェイドの為に用意したという美しい青い扉。


開くと同時に、ジェイドが入ってきた。


ターリーとカチュアは頭を下げて主人を迎え入れる。


ここ最近、ジェイドの様子がおかしいという噂をターリーは耳にしていた。


ほぼ城の生活における雑務を取り仕切る召使い長、ターリーだから知り得たことだが、

ジェイドがある少女を探していて、なかなか見つからないことが原因だと。


ターリーはジェイドがまだ少年と呼べる頃から知っているが、そんな事で心を乱す彼を見るのは初めてだった。


(確かに、足音がいつもと違うわ)

ターリーは思った。

他の誰にも分からないだろう違いだが、床を歩く音に苛立ちを感じる。


ジェイドはふと新しい召使いカチュアを見た。


黒髪で幼い顔立ちのカチュア。


ジェイドに見られて、震えながら俯いている。


あの幻想のように美しいアスカとは比べるべくもないが、背格好は良く似ていた。


ジェイドは濁流の中で見失ったアスカを思い出す。

雨の中、全身を濡らして馬車の上でランプをかざすアスカ…それが最後に見た姿だった。


どんなに探しても生死すら分からない。


その事で自分がこんなにも苛立つということを、ジェイド自身が驚いていた。


ジェイドはターリーに

「明日の朝に」

とだけ言った。


ターリーは承知したように一礼して部屋を出る。


ターリーの後について行こうとしたカチュアはジェイドに腕を掴まれた。


「あの…」

何か不備があったのかと怯える少女を、ジェイドは白いシーツがピンと張ってあるベッドに放り投げた。






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