第40話  マスク

ウォルターはアスカの真剣な迫力に少しひるんだ。


「男に…か」

「はい!」

「…アスカ、なんというか、君はとても美しいじゃないか。

俺が出会った女の中で1番美しいと言ってもいい。

勿体無いというのも違うのかもしれないが、君には女でいる方が合ってると思うのだが…」


アスカはウォルターから瞳を逸らさず言った。

「ボクには親友がいて、いつか男同士旅に出ると小さな頃から約束しているんです。

色々あって…もし男になってもその約束は叶わないかもしれませんが、なにか、彼の役に立ちたい…男として…!」


ウォルターは、その〝親友〝とやらはこの可憐さと妖艶な美しさを合わせ持つアスカのことを〝男〝としてみているのか疑問だったが、それは声に出さずにいた。


「アスカ、君には借りがあるから薬は調合しよう。

しかし、とても危険なんだよ。いや、無事でいられる確率の方が少ない」


「分かっています」

アスカはキッパリと言った。


どうせ、何度も死にかけた命。自ら捨てても良いと思った、命なのだから。


「分かったよ。では調合してみよう。

ただし、次の満月に出る新芽を採取しないといけないからしばらく待ってくれ。」


「あ、ありがとうございます!!」


アスカは久し振りに心がけて生き返った気がした。


それは、希望が生まれたからだ。



*****


若き騎士クラウスは、毎夜アスカの夢を見ていた。


2人はあの洞窟にいる。


虹の谷で洪水に流され、辿り着いた暗闇の中、ずぶ濡れで横たわるアスカ。


クラウスはゆっくりと彼女の中に入り、動く。


あの忘れられない感触が、


クチャリ、クチャリ


という音と共に蘇るのだ。


暗い洞窟、光るコケ、白い肌、彼女の体温…




「マスク!」

マスク、と呼ばれたクラウスは目を覚ました。


目を覚ましても視界は暗い。2つの限られた穴から世界が見えるのみ。


「マスク、今日は中央の国に移動だ。

お前は詳しいだろうから先頭に立て」


マスクは黙ってうなづいた。


見上げると雲ひとつない快晴の日。


この、狂狼の団には相応しくない天気だ。


アスカを失い、兄の元を離れたクラウスは、必死で狂狼の団を探した。


そしてやっと見つけた〝狂狼の団〝。


入団するために数人の罪のない人間を殺さなければならなかったが、一度覚悟を決めたクラウスは強かった。


それどころか、クラウスは自分自身に悪の素質すら感じた。

善、というものがどれだけ重い足枷だったのか実感したほどだ。


誠実なクラウス、真面目なクラウス、優しいクラウスという枷は、全て環境と期待から作られ偽りでしかなかったのだ、と。


団長は不在で未だ見たことがなかったが、現在代わりに団を仕切っている副団長、ダダン

は、クラウスを気に入った。


ダダンはもう初老と言って良い年だが、若者にも負けない強靭な精神力と肉体を併せ持っている。

クラウスの事情を聞いて、入団を後押しし、身分を隠すために顔を覆い尽くすマスクを用意してくれた。


そして少しばかりクラウスの喉を潰したので、もう誰だか分からない。


そんなクラウス新しい名前も与えた…マスク、だ。


「ダダン副団長、中央の国に入るには商人用の表門より東の堀を管理する小さな門の方が手薄です。

半分はそちらから参りましょう。」


ダダンはガハハと笑って言った。

「ダダン、と呼び捨てにしないのはマスクぐらいだ!身についたお上品はなかなか消えないもんだな…!

まあいい、お前の案で行くぞ。その東の門に案内しろ!」


クラウスは頷いた。

頭を動かす時の、フルフェイスのマスクの重さにはもう慣れたが、首の肌に金属が擦れる部分はまだ爛れて痛みがある。


それでもその痛みはアスカの為なのだと思えばいくらでも我慢できた。


(中央の国…アスカ様はきっと近くにいる…)

クラウスにはなぜかそう確信がある。


自分もそうであるように、アスカにも逃れられない運命があると感じるのだ。


(ああ、でもまだ早すぎる。私にはまだアスカ様をお守りするだけの力がない。

しかし、この2つの穴から一目アスカ様のご無事で美しいお姿を見ることができたなら、この先の修羅の道なぞ天国の花畑のごとく進むことが出来る…!)


狂狼の団は中央の国に向かって出発した。

おおよそ3日で着くだろう。




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