第36話  花の汁

「体を…」

レオンが言い淀んでいると、ロンドが説明するように言った。


「オレたちが生まれた村はな、お上品な場所じゃないのさ。

貧乏人やならず者が集まってできたクソみたいな村だ。

この村の特産品ってのがまたクソみたいなもので、強力な性病予防効果がある花の汁なんだよ。

だから男も女も、平気で体を売れる。

ああ、この薬のことは村の秘密だぞ。

その花はあの村でしか咲かない、ほかの土地で育てようとするとあっという間に枯れるんだ。そういう訳で乱獲されると困るからな。」


ロンドがなぜレオンにそんな重大な秘密を話したのかは分からないが、レオンはその話を聞いて人魚の木を思い出していた。


人魚の村の人間の性別を決める不思議な木…


その土地特有の不思議な植物な動物たち、それは、この大陸の特徴なのかもしれない。


しかし、アンナは見知らぬ男に体を売って辛くないのだろうか。

レオンの考えがそのまま出た顔でアンナを見た。


アンナはあまりに分かりやすいレオンにプッと吹き出す。


「あのさ、私なら大丈夫だから。

そんなことより辛くて恐ろしい現実を散々見てきたんだよ。

お金がなくて飢え死にするならまだマシ、口減らしに子供を殺す親なんて地獄だよ。

飢えると人は平気で嘘をついて裏切って奪うんだ。

金にならないロクでもない恋人にタダで抱かれるぐらいなら、金をくれる赤の他人の方が役に立つってモンなのよ。」


アンナはサラリと明るく言うが、どんな苦労をしてきたのだろう。

レオンは、今まで村長の息子として平穏に暮らしてきただけで世の中を知ろうとしなかった自分を恥じた。


(ああ…だけど、誰もそんな悲しいことをしないで済む世の中を作ることができたら…)


トクン


レオンの腰にある煉獄の剣が脈打った気がする。


やらなければ、やらなければ、という天命が彼の中に生まれた。




「うん、だいぶん良くなったね!

さすがオレの薬!」


ピンクのツインテール、薬草師ウォルターは、アスカの塞がってきた腹部の傷を見ながら言った。


「はい、ありがとうございます…」

アスカは苦笑いしながら礼を言った。


実はウォルター、この薬に至るまでにはいくつか別の薬を〝試しに〝使ってくれて、それらが散々だったのだ。


激痛がしたり、変なイボが出来たり、あろうことか傷が増えたりしたものまであった。


「で、これからどうしたいの、アスカは。」


ウォルターは薬草をゴリゴリ削りながら聞いてきた。


「お話したように、ボクには行くあてがないのです。

ウォルターさんが良ければ、ここで薬草のお手伝いをさせて下さい。」


アスカはレオンを探したい気持ちを抑えてそう言った。


「あはは、アスカはあのジェイドに追っかけられてるんだもんね。大変だー。

まあここならちょっとは安心かな。

沼の毒素が強くて、滅多に人が近寄らないから。

あ、心配しなくていいよ!この家には沼の毒素を浄化する草を植えてるからね。」


「そういえば、外を覗いた時、黄色の草が沢山生えてましたね。あれですか?」


「そうそう!元はね、綺麗な若草色なんだけど、毒素を吸収してあんな色になるわけ。

で、その草が調合によっては毒にも薬にもなる。

一石二鳥だよ!」


アスカは感心したように頷いた。

ウォルターの見かけは可愛い元気な女の子だけれど、中身はしっかりしていると思う。


「じゃあ、しばらくはここにいるといいよ!

あーでも、それならオレのもう1つのの姿を見といたほうが良いかな。

大丈夫そう?」


アスカは正直、何が大丈夫なのか分からなかったが、とにかく首を縦に振った。


ウォルターはガサゴソと木の棚から青い薬瓶を取り出した。


それは掌に収まるくらいの小ささで、コルクで蓋がしてある上に茶色の紙で封印してある。


「…」


ウォルターはその紙に別の薬の液体をかけると、紙は煙を出して溶けていった。


軽いノリのウォルターが随分厳重にしまってあるところを見ると、かなり危険な薬なのだろうとアスカは思う。


ウォルターに瓶の中身を見てニコッと笑った。


「さあご覧あれ、稀代の天才薬草師ウォルターの最高傑作にして奇跡、


名もなき薬


の力を!」

















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