第2話 ノルマ

エイコはランチを終え会社に戻るところだった。


「お前が新しいスーパーヒロインだな。前回はうまくかわしたようだが今回はそうはいかないぞ。このわたしが今すぐひねり潰してやろう。」


この声は、世界征服を企む秘密結社の怪人だ。振り返りながらぐっと拳をかまえたが、0.5秒で拳をほどいた。

なぜなら怪人は目の下にクマを作り、けそけそにやせ細っていたからだ。セリフは完璧に悪の怪人だったが、怪人は完全に疲れきっていた。


「あんた、大丈夫なの?なんか無理してない?」


怪人は眉間に寄せていたシワを伸ばしたかわりに、顔をぐしゃぐしゃにして泣き出した。

よくわからんが怪人は怪人なりにいろいろと大変なようだ。


ゆっくり話を聞きたいところだが、ランチタイムは短い。今日は定時で帰れるので仕事終わりに出直してもらうことにした。


その数時間後。わたしと怪人は近所の居酒屋にいた。


「人に突然の宣戦布告をしておきながら、突然大泣きした理由を教えてもらいましょうか。」

「大丈夫か、無理しているのではないかと言われたのがたまらなくうれしかったのだ。」


怪人はうつむきながら、ぽつりぽつりと話し出した。


なんでも世界征服をするには大金が必要だそうだ。だか世の中そう景気はよくない。悪の秘密結社も例外ではなく、世界征服だけでは食べていけないのだ。

そこで副業として飲食店やスポーツジムの経営、アプリ開発など手広く事業を展開しているが、どれも売り上げはイマイチで経費ばかりがかさんでいる。

この怪人はスポーツジムの会員を増やすことをミッションとして課せられているが、そのノルマがあまりに現実離れしており、ノルマに追われる日々に疲弊していた。


「上はもっと会員を増やせと言う。この辺りは年配の人が多いからターゲットが合わないと言っても、なんでもいいから会員にしろと無茶を言ってくるのだ。わたしはどんなに努力しても、もっと頑張れ、努力しろと言われる。もうすっかり疲れきってしまったのだ。」


怪人はスポーツジムを任せられるほど屈強な肉体を持っていたが、強いストレスによってすっかりやつれてしまったそうだ。


「きちんとした事業計画もなしに闇雲に事業を展開するなんて、どんだけバカなの。よし、わかった。このわたしをあんたの上司に会わせなさい。」

「敵陣に丸腰で乗り込むつもりか?お前は敵ながら親身に話を聞いてくれて感謝している。みすみす死にに行かせるようなことはさせられん!」


怪人は私をかばってくれたが、怪人があまりに不憫で、バカな上司にガツンと言ってやりたくなったのだ。

怪人は初めは行くなと止めてくれたが、酒も入ってすっかり意気投合したわたしたちはLINE交換し、週末に悪の秘密結社ビルに乗り込むことになった。


この出来事がわたしの人生を大きく揺るがすことになるとは知らずに…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る