chapter 12
イシダがこちらに向けて自分の尻を突き出し、左右に大きく振った。
姿は見えないが、画面の外から「やだー」とミカミの声が聞こえる。
右下には六年前の日付が表示されている。天気は良く晴れていて、彼の背後には燃えるように咲いた桜が見える。
画面が切り替わると、レジャーシートの上にホリちゃんとワカシマがぺたんと座って肩を寄せ合っている。二人とも手には半分以上ビールの残ったプラスチックのコップを持って、顔を上気させている。その隣には静かに笑うウミノの姿も見える。
「ミナト、ミナト、あれやって!」というイシダの声が聞こえる。画面が大きくぶれたかと思うと、ぐるっと回転し、それまで撮影係をしていた僕の顔が大写しになる。コンタクトに帰る前の、野暮ったい黒縁のメガネをかけた僕が映る。僕は肩をいからせて声色を作り、有名なお笑い芸人の完成度の低い物真似を披露する。周りから笑い声が上がって、僕は恥ずかしそうに酒を飲む。
四インチ程度の小さな画面から顔を上げると、現実の景色との焦点が合わずに目に疲れを覚えた。
ビデオカメラの画面の中の僕らは何も知らず、何も持たず、幸福そうだ。
最初から公園には一人で来るつもりだった。
皆忙しいだろうし、第一こんな自分勝手な感傷で急に花見をしたいと言い出したところで、何で急に、と言われたら理由さえまともに答えることが出来ない。自分のセンチメンタルな思い出に浸る時間に付き合わせるような気分がして、声をかけるのをやめた。
会社を出たときには七時を過ぎていた。四月とは言え当然この時間帯には外は陽がとっくに落ちていたが、それなりに暖かくなり始めた気候と金曜日という条件も重なってか、街は実際の明るさよりも輝きを持ったように生き生きとした光を放っていた。
途中のコンビニでビールと軽いつまみを買った。
公園に着くと、既に先客の姿もちらほら見えている。僕はライトアップされた噴水の近くにあるベンチに腰を下ろし、近くの桜を見上げてビールのプルトップを開けた。
始めてこの公園に花見をしようとやってきたのがいつだったのだろうと考えると、それはもう暦の上では七年前のことだったとわかり、僕は感嘆とも失望とも違う不思議な感情を覚えた。
その時、噴水の反対側のベンチに一人で座っている女性が見えた。
ぼんやりと僕の頭上当たりの桜に視線を向けている。その顔に噴水の水面に反射した光が当たる。ワカシマだった。
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