chapter 10
「おかげさまで無事元気な赤ちゃんを産むことが出来ました!名前は「爽亮」(そうすけ)に決定しました。生まれてきてくれてありがとう。これからもパパとママと仲良くしてね」
SNSの日記ではミカミがそんな文章と共にナカヤと子供を間に挟んだ写真をアップしていた。真ん中の子供は見事にミカミの鼻とナカヤの目を受け継いですくすく成長しているようだった。撮影場所は自宅のようだがミカミはキャスケットを被っていて、僕は家の中で何で帽子被ってんだよ、と見当違いな場所に不要な苛立ちを覚えてしまう。「いいね」という部分の横に百二十五件、コメントには七十三件という数字が表示されている。彼らは祝福されている。僕の知らない人たちから、彼らの幸せは受け入れられている。
彼女から同期全員にメールが来たのは三日前のことだった。
「四月から仕事復帰決定です!その前にみんなに会いたいなあ。今日は実家に爽亮を預けてお昼に人事へ行くので、その時一緒にご飯食べませんか??久しぶりに同期で集まろう!」
彼女のメールは、僕らに会いたいという文面以上に自分に会いにきて欲しいという思いが強く読み取れ、彼女のその「会いたいと言っている人間を拒否する人間などいない」という強い自己肯定は、子供を産んでから一層強くなっているように僕には感じられた。
ホリちゃんの傷は浅く、大事には至らなかった。
それでも、発見が早かったことが軽症で済んだ最大の要因だったことは間違いない。たまたまその日彼女の自宅を彼女の母親が訪ねており、何度呼び鈴を押しても、電話をかけても出ない彼女を不審に思った母親が管理会社に問い合わせスペアキーを使って部屋に入ったところで、浴室で横たわる彼女を発見したのだ。
彼女はそのまま無期限の休養に入ることになった。営業部は異動に伴い引き継ぎ予定だった業務の予定が大幅に狂い、彼女のやるはずだった仕事の割り振りに追い回されていた。社内で彼女の長期休養の理由が公にされることはなかったが、どこから伝わるのか、大抵の人間はおおよその事実を掴んでいるようだった。ただ、彼女が行動に移した理由までを正確に把握している人間はいなかった。大抵の話は「男に振られたらしい」と言う部分で終わっていた。
ワカシマは見舞いに行ったらしく、ホリちゃんについては「想像してたよりは元気」だったと伝えてくれた。
僕とウミノはこの件について積極的に話すことはなかった。イシダからは何の連絡も無く、僕から連絡を取ることもなかった。
ミカミの出産から少し遅れて、僕の妻も無事出産を迎えた。医師からは驚かれるほどの安産で、母子ともに経過は良好だった。上司と人事に伝えると「ミカミのとこと同級生だな」と全く同じ台詞を言われ、想定していたはずなのにうまく笑えなかった。メールを打つ前に少しだけ考えて、同期全員を宛先に子供が生まれたとメールをした。
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