chapter 3
僕の同期入社は全部で六人いる。男が三人、女が三人。
はじめのうちは同期全員でよく旅行に行ったり、休みの日にお互いの家に遊びに行ったりしたものだ。
まだ大学を出たばかりだったし、地方出身の人間も多く、ほとんどは上京して一人暮らしを始めたばかりで東京に知り合いが少ないというせいもあったのだろう。僕らは会社の先輩連中に言わせれば「気持ち悪いくらい仲がいい」同期として有名だった。 思えば学生生活の延長線上のようなところもあったのだろう。同い年で、職場の愚痴も言い合える、程よい緊張感と馴れ合いが出来る唯一の人間関係。それが同期だった。それでも僕らは節度を持ってそれぞれの生活に立ち入りすぎないように配慮していた。恋愛関係の話はあくまで過去のものだけに限って話し、現在進行形のものについては言及をしなかったし、まして同期間での異性への感情についてなど、考えることなどなかった。
それが僕だけだったようだと知ったのは、だいぶ後になってからだった。
その日僕は、後輩と共に若手連中だけで集まるくだらない飲み会に向かうため、八月の蒸し暑い新宿の雑踏を早歩きで店まで向かっていた。
すると、地図を片手に先導していた後輩が目に好奇心の色を浮かべてこちらへ振り返り、聞いてきたのだ。
「あれ、本当なんですか?イシダさんとミカミさんの話」
「本当って何が」
「ミカミさん今度マーケのナカヤさんと結婚するじゃないですか。その前ってイシダさんとずっと付き合っていたっていう話」
その言葉に、はっきりと説明の出来ない、嫌な重いものを胸に詰め込まれたような気分になった。二人は僕の同期だったが、彼らが付き合っていたなどという話を聞いたことは無い。
「誰から聞いたんだよ、そんな話」
僕の語調が自分が想像していたより鋭いものだったからか、後輩は途端に慌てた様子で弁解するように続けた。
「いや、あの、結構知ってた人多いみたいで。僕もこないだ始めて飲み会で聞いたんですけど、 何年も同棲もしてたみたいで、同じマンションに入って行くのを見た人もいるって聞いたんで、ミナトさん、二人の同期だから知ってるかなと思って」
知らぬは同期ばかりなり。二人の仲がそれほど社内で有名なものだったとは。
それをこんな新宿のすえた臭いの立ち込める蒸し暑い雑踏で、自分より五つも下の後輩に教えられるとは思わなかった。
後輩は僕を気にしてか急に静かになって地図ばかり見るようになった。僕は額にじわじわ汗を浮かべて二人が同じ部屋で暮らしている様子を思い浮かべた。楽しそうだ。少なくとも、すでに新人の女の子を二人も泣かせているマーケティング部の色男と暮らすより、そちらの方がずっと僕には健全に思えた。
その夜からおよそ三ヶ月後、僕ら同期は全員でミカミと僕らより二つ年下でマーケティング部のナカヤの結婚式に出席した。その時ミカミは妊娠5ヶ月で、すでにぴったりとしたマーメイドラインのドレスの上からもはっきりわかるほど、お腹の中の子供は自分の存在を世間にアピールし始めていた。
式には、もちろんイシダも出席した。今でも僕のデスクの前のパーテーションにはその時に同期全員と撮った写真がピンで留められているが、その写真を見るたび、真ん中で満面の笑みを浮かべるミカミとナカヤではなく、困ったようなイシダの表情ばかり僕は見てしまう。
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