第1話「暗闇を駆ける者」
一ノ瀬時雨は暗い路地裏を走っていた。
「クソッ!まだ付いてくんのかよ!」
彼は逃げていた。というのも、彼は十分ほど前から、見知らぬ男と女の二人組に追いかけられていたのだ。
それもただの男と女ではないらしく、男の方は真っ黒の、まるで昔話に出てくる魔法使いのローブのようなものを着ており、フードを深く被っている。
一方女の方は、白のパーカーのにジーンズといった、男とは対極的なありふれた格好をしていた。
(こいつら、何者なんだ?一体何が目的で……)
心当たりを探しながら、一ノ瀬はとにかく逃げ回る。とっくに日は沈み、これといった明かりはなく、一歩間違えれば壁に激突しそうなほどだ。
一ノ瀬はそれでも蜘蛛の巣のようなものを薙ぎ払い、ゴミ箱らしきものを蹴倒しながら、複雑に交差する冷たいアスファルトを駆け抜ける。
手で壁を伝い自らの位置を確認しながら慎重に、かつ急ぎながら進み続け、一ノ瀬は脚を止めた。いや、脚を止めるしかなかった。
(行き止まりだと!?このままじゃやべえ……)
目の前には石で出来た大きな壁が一ノ瀬の行く手を阻んでいた。
辺りを見渡すが、そこにはシャッターの降りた何らかの建物が建ち並んでいるだけだ。
その時、背後の暗闇で黒いローブを来た男が口を開いた。
「
その途端、一ノ瀬の足下の硬いアスファルトが、まるで粘土のように沈んだ。
(なっ……!まさかこいつもか!?)
バランスを崩し、ドサッと音を立て転倒する。柔らかかったはずの地面は元の姿に戻っており、アスファルト特有の歪んだ形が皮膚を削る。
そんな一ノ瀬を見て、暗闇の中の男は嘲るように言った。
「もう諦めろ、お前はよく頑張った」
「うるせえ、そもそも誰だ、お前ら……」
「お前を追う者だ、それで十分だろう」
「はぁ?」
ふざけてんのか、そう言おうとした一ノ瀬を遮って男は呟いた。
「
男はとてつもない速さで一ノ瀬との間合いを詰め、脇腹を蹴り上げた。その不自然なまでに重たい衝撃に息が止まる。
「うっ……ぐあぁ!」
仰向けに転がった一ノ瀬の下へ男が迫る。その背後にはいつの間にやって来たのか、白いパーカーの女もいた。
近くで見ると彼らは意外にも若いようで、一ノ瀬とそれほど変わらないように思えた。おそらく二人ともまだ十代だろう。
そこで、白パーカーの女が初めて口を開いた。
「これどうする?消す?捕らえる?」
男の返事は早かった。
「面倒だし、殺すか」
了解。という声が聞こえると同時に、女は指を鳴らした。
(な、んだ……?)
刹那。ゴォッという音と共に、女の右前に半径2メートルほどの渦が出現した。
「ほら餌だぞ、食え食え」
女の軽い声に反応するように、渦から何かが飛び出した。五つの脚で立つそれは、まるで虎と馬を混ぜたような異様な姿だった。鋭く尖った牙と爪を持ち、額には大きな角を生やしている。
「ガルルゥゥ」
低い声で唸る魔物は、一ノ瀬の元へと歩み寄る。
(クソッ身体が動かねえ!このままじゃ殺される!)
逃げ出したいが、上手く身体に力が入らない。
そしてついに、魔物が一ノ瀬に飛びかかった。
(もう……駄目だ……)
死を覚悟した一ノ瀬は強く目を瞑る。
だが、魔物が一ノ瀬を襲うことはなかった。
(なんだ……?)
一ノ瀬はゆっくりと目を開く、視界には一面の光が広がっていた。
あまりの眩しさに思わず目を庇う。
そして段々と光に慣れてきた頃、その向こうに二人組と魔物の姿が見えた。彼らもまた同じように光に視界を奪われていたようだった。
(何が起きたのか分からねえけど、今のうちにっ!!)
ふらつく足取りで逃げる一ノ瀬の遥か頭上には、燦然と輝く月が浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます